15. 気品漂うワケあり娘(※sideラモン)
「…………」
(……うーーん……)
少し身を屈めた姿勢。ペンを走らせる所作。
渡航のために、港の手続き所で出国の書類を書いているリアちゃんの姿を斜め後ろあたりで見守っていた俺は、首をかしげる。
(なーんか品があるんだよなぁ、この子……)
生まれ育った家を出て仕事を探していたというこの子は、俺たちがこの国に渡ってきて商売をしていた路地を、フラフラと歩いていた。そしてこの子がぶっ倒れたところを、女房のサディーと共に介抱して、そのまま世話し、こうして故郷の国に連れて帰ることになったってわけだ。
そんなワケありリアちゃんだが、妙に気品が漂っていてどう見ても庶民じゃなさそうな気がする。身のこなし一つ一つが丁寧で、なんていうか、優雅だ。言葉遣いもやけにお上品で、気になってしょうがねぇ。
しかも、こっちの国の言葉もやたら流暢に話すし。いくら互いの国の言語が似通ってるからって、ただの庶民がこんなに上手く話せるもんじゃねぇだろ? こっちで商売を展開すると決めた俺らだって、それなりにナルレーヌの言葉を勉強はしてきたが、ここまで流暢な発音では話せねぇ。
この子は一体何者なんだ??
「……」
真剣な表情で黙々と書類を書いているリアちゃんの背後から、俺はそーっと覗き込む。
“ 名前 リア
住所 不定
出身地 ロゼッタ孤児院…… ”
(孤児院、ねぇ……。本当に孤児院の出身なのかねぇ。どう見てもさぁ……)
小首をかしげながら、俺はリアちゃんの隣で待っている女房の顔をちらりと見る。
サディーは目が合うと俺をキッと睨み、無言で小刻みに首を振った。
『人の事情に首を突っ込むんじゃないよ!』
その目はそう物語っていた。
まぁ、分かるんだけどさ。
いや、万が一この子がさ、どこぞの高貴な家柄のお嬢さんだったとしてさ。なんか後々俺たちがこの子を誘拐して国外に連れ去った、みてぇな騒ぎにでもなったらと思うと、ちょっと怖ぇじゃねぇか。本当に大丈夫なのか? とビビる気持ちがゼロなわけじゃない。
……だけどなぁ。
実際にこの子はあの日、路地で行き倒れていたわけで、あそこで俺たちが拾ってやらなきゃどうなってたか分かったもんじゃない。治安が良いとも言えない路地で、こんな若い別嬪さんが一人でフラついてりゃ、誰かに悪さされるか下手したら本当に死ぬ。
たとえこの子が身分を偽っていて、本当はどこぞのお嬢様だったとしても、きっと俺たちには考えも及ばないような深い事情があるんだろう。
「……」
まぁ、いいか。
リアちゃんは気立てのいい子だ。世話になってるからと言ってこの子なりに一生懸命商売を手伝ってくれていたし、それは俺たちにとってありがたい結果をもたらした。なかなか売れなかった布たちが、この子のお客への上手な提案で驚くほどよく売れた。馴染みのない生地を敬遠していたこっちのお客たちに上手く売り込む姿を見て、可能性を感じたのは事実だ。この子が店を手伝ってくれれば、今よりもっと商売が上手くいくんじゃねぇかと。
(こうなりゃ乗りかかった船だ。最後まで責任持ってちゃんと面倒見てやるさ)
いつかこの子が自分なりに、別の生きる道を見つける日が来るかもしれねぇ。それまでは俺とサディーで、この子の生活を守ってやりゃあいいんだ。こんな品の良い商売上手が店に立ってくれれば、売り上げも伸びるかもしれねぇしな。
拾った異国の娘さんに何やら事情を感じつつも、俺たちはあえて深く追及することはせずに、故郷への旅路に同行させたのだった。




