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14. 消えた長女(※sideバーネット公爵)

 セレリアが消えた。

 愛娘フランシスの死から数週間。栄華の頂点にあったはずの我がバーネット公爵家は、陰鬱な雰囲気が漂い続け、もとの華やかで明るい空気はすっかりなくなってしまっていた。

 妻カミーユは溺愛していたフランシスの死を嘆き続け、あろうことか、その死をセレリアのせいだと決めつけた。フランシスを殺すことなど、どう考えてもセレリアには無理だ。自分が用事を言いつけて、朝からセレリア不在の状況を作っておきながら、何か巧妙な手を使って悪事を働いたはずだと言い張った。

 しかしここで頑なに、いいや違う、そんなはずないだろうと否定し続ければ、妻が逆上してますます手が付けられない状態になってしまうことは分かっていた。だからあえて、そこにはもう触れなかった。長男のダニエルも私と同じように、妻がセレリアへ向ける憎悪を放置した。それで多少なりともカミーユの気が済むなら、もうそれでいい。どうせセレリアは諦めて大人しく受け止めるだろう。


 しかしセレリアに憎悪の目を向けたのは、妻だけではなかった。フランシスの葬儀の日、セレリアの元婚約者で、亡きフランシスと結婚目前の恋人同士であったジャレット王太子殿下が、皆の前でセレリアを罵倒した。誰からも愛されていたフランシスが、毒など盛られるはずがない、恨んでいたとすれば、それは自分に婚約を解消されたお前だ、と。

 王太子殿下のその言葉を聞き、妻カミーユも一緒になってセレリアを罵倒した。そして殿下は葬儀に参列してくれていた大勢の前で言ったのだ。


『……一体どんな手を使ったかは知らんが、……俺はお前を絶対に許さんぞ、セレリア・バーネット! バーネット公爵家の異端者め! お前のせいでフランシスは死んだのだ! お前は呪われた公爵令嬢だ!!』


 呪われた公爵令嬢。

 この呼び名は瞬く間に社交界に広まり、セレリアは皆から疑惑と恐れ、そして憎しみを抱かれるようになってしまった。周囲が我がバーネット家を避けはじめ、あろうことか、ダニエルの婚約者であるロクサーヌ嬢の生家マリガン侯爵家からは婚姻を延期したいとの申し出が入った。来月には結婚をというところまで来ていたのに、だ。このタイミングで延期など、明らかにセレリアの件で我がバーネット公爵家と縁を結ぶことを躊躇しているのだろう。


 あの家の娘は恐ろしい。

 あの家の娘と関わって、万が一恨みを買うようなことになれば、どうなるか。

 あの家と深く関われば、我が家にもどんな呪いが降りかかるか分かったものじゃない。


 真相のはっきりとしないフランシスの死、そしてジャレット殿下のあの言葉は、社交界の人々に大きな影響を与えていた。このままでは我がバーネット家の商品を買ってくれる得意先も減っていくだろう。ナルレーヌ王国内に高級な衣服を扱う店や商家は数あれど、バーネットのドレスこそが最高級品であり、身に着けることがステータスであると思われているからこそ、ここまで売れ続けているのだ。

 しかし、こんな醜聞が出回りケチがついたとなれば……。


『……この娘がいる限り、ずっと好奇の目にさらされ続けるんだわ……』


 妻はよくこんなことを言うようになっていた。

 “()()()()()()()()”。

 ……そうだ。あの娘さえ、セレリアさえどこかに消えてくれれば。


 元々あの娘は、我が家のはみ出し者だった。代々美形揃いの我が家の中で、一人だけ平凡な髪色で生まれ、どこにいても目立たない。貴族たちが集まる公の場に出れば、我々を称賛する言葉を並べた後、誰もがセレリアをちらりと見ては何やらヒソヒソ話をする。そんなことが日常茶飯事だった。カミーユはいつも、セレリアの存在を恥じていた。


(いっそあの娘がバーネット公爵家から離れ、どこかに姿を消してくれれば……)


 もちろんそれはそれで、最初はまた社交界の噂話の格好の標的となるだろう。やはりあの女が皆に愛されていた美しい妹を殺害したのだ、だから罪が露見する前に姿を隠したのだろう、と。だが、そんなものは最初のうちだけだ。元々誰からも興味を示されなかったセレリアのことだ。どうせ皆、すぐに存在自体を忘れてしまうだろう。

 フランシスは、王家に嫁ぐという最重要使命を担っていた娘だ。代わりに残ったセレリアを嫁がせたくとも、王太子殿下があれを憎み抜いていて、とても婚姻など望めない。このことは我が家にとって大きな痛手なのだから、せめてセレリアはどこか有力な貴族家に嫁がせたかった。しかし、それも諦めざるを得ないだろう。

 あの娘はもう、いない方がマシなのだ。

 私はセレリアに向かって、分かりやすくその旨を伝えた。


『いっそのことな、……お前がどこかへ行方をくらませでもしてくれたらと思うのだよ。フランシスの死に責任を感じたお前が、このバーネット公爵家から静かに出て行った。このまま一家四人で生活を続けるより、その方がよほどいい』

『……っ!! ……おとう、さま……』

『カミーユも、お前の顔を見なくなれば少しは気持ちが落ち着いてくるだろう。……お前さえいなければ、我が家はまだやり直しがきく。……分かるだろう、セレリア』

『…………』


 私の言葉を聞いて蒼白になったセレリアは、やはり賢い娘だ。地味だが昔から頭だけはよかった。理解したのだろう。その後すぐにこの屋敷から姿を消したのだった。我々に何も言わず、あの娘は静かに去った。


「……まさか娘がそんなにも思い悩んでいたなんて……。何故黙って行ってしまったのかしら。分かっていれば、私引き留めて説得しましたのに……」

「まぁ……」

「バーネット公爵夫人……。お辛いですわね……」


 妻やご婦人方の見え透いた会話がしばらくの間続いた後、いつの間にかあの娘については誰も話題に出さなくなった。


 ようやく肩の荷が下りた。さて……、失いかけたバーネット公爵家の信頼と気品を取り戻すために、これからの仕事でしっかりと挽回していかねばなるまい。







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