13. 新天地へ
その夜、私は宿の一室でブランケットにくるまり、真剣に考えた。
生まれ育ったナルレーヌ王国を出る。
それは私にとって、とても勇気のいる決断だった。いくら生家から追い出されるようなかたちで離れたとはいえ、国を出ることまでは想像もしていなかった。王国内の、できるだけ王都やバーネット公爵家から離れた南の街のどこかで、ひっそりと生きていく。何となくそんな生活を思い描いていた。
だけど世間はそんなに甘くなかった。温室育ちで何もできない私には簡単に仕事も見つからず、あわや野垂れ死のうかというところまで追い詰められてしまった。
そんな時にたまたま出会って私を助けてくれた、サディーさんとラモンさんご夫婦。あの方たちの来た国、海の向こうのイェスタルア王国に……一緒に、行く……? 本当に、この私が……?
(う……うーーん……)
こ、怖いな。すごく。全く知らない国。知り合いも、あのお二人以外には誰もいない。もしも何か、すごく大失敗をして、お金も何もかもなくなってたった一人で放り出されてしまったら……? いや、あのお二人が私を無情にも放り出すことなんてないだろうけれど、人生って何が起こるかは分からないもの。それはもう、嫌というほど知っている。
(……でもそれって……ここにいたって同じことなのよね……)
お前さえいなければバーネット公爵家はまだやり直しがきくと言って、父は私を暗に追い出した。そしてその考えは、母も同じだったに違いない。どうせもう私には戻る場所はない。生家にも、社交界にも、私の居場所はもうどこにもない。
……それならいっそ、国を出た方がいいのかもしれない。長くずっとここにいれば、いつかは知っている誰かに姿を見られることもあるかもしれないし……。「ほら、あのバーネット公爵家の呪われたご令嬢、あの人南方の街で平民に交じって働いているらしいわよ」「いえ、まるで浮浪者のような格好で道端に蹲っていたらしいわよ」「残飯を漁っていたらしいわよ」なんてまた尾ひれのついた噂でも立ちはじめたら、さらに両親や兄からは恥の上塗りだと疎まれるだろう。そんなのこちらだって迷惑だ。もうこれ以上、無実の罪のせいで無意味に恨まれたくはない。
ジャレット殿下にも、実の家族にも、社交界の貴族たちにも、すでに充分嫌われているのだから。
「……そうよね、フランシス。私……、この国を出ても、いいわよね……?」
『ふふ。お姉さまならきっと大丈夫よ! どこでもやっていけるわ』
あの子なら、そう言って笑ってくれるだろうか。きっとあの子だって、私がこんな風に追い詰められた生活を続けることなんて望まないだろう。
(……よし。……行ってみよう、新天地へ)
考えてみれば、こんな幸運はきっと滅多にない。たまたま衣服や布への関心の高い私が、それを商いとする親切なサディーさんたちと出会えたのだから。これってもう運命なのよきっと。うん。
行こう。海の向こうの国へ。
どうせもう後戻りなんてできないんだもの。こうなった以上、私は私の新しい生き方を見つけるんだ。
翌日の朝、私はラモンさんとサディーさんに自分の決意を報告した。
「昨夜のお話ですけれど……、私、お二人の国に連れていっていただきたいです。一生懸命働きますので、お世話をおかけしますが、何卒よろしくお願いいたします」
「おおっ! そうかい! 決心したかい!」
「いや~、よかったよかった! うんうん。大丈夫だよ、あたしらに任せときな。仕事も食事も寝床も、ちゃんとあるからさ。あんたは気立てもいいし商才もありそうだし、来てくれるなら嬉しいよ。これからよろしく頼むね、リアちゃん」
「は……はいっ! ありがとうございますっ!」
一世一代の決心をした私を温かく受け止めてくださったお二人の優しさに涙ぐみながら、私は期待に胸を膨らませ、遥かイェスタルア王国へと思いを馳せたのだった。




