12. 海の向こうに
サディーさんとラモンさんのおかげですっかり体調が回復した私は、せめてものご恩返しにと、数日後には露店で店番をさせてもらうことにした。南の平民街を社交界の人が通ることなんてまずないだろうし、きっとこうしていても大丈夫だろう。
だけど……。
「……本当に売れないわね……」
人通りはそこそこあるのに、しかも物珍しそうに見ていってくれる人は結構いるのに、なぜか売れない。大丈夫だろうか。わざわざイェスタルア王国から海を渡ってここまで商売にやってきたのだ。二人の渡航費もかなりかかっただろうに、こんなに売れなくてはきっと大赤字だ。
(よ……よし……!)
私は心臓をバクバクさせながらも、勇気を出して通りすがりの人々に声をかけてみることにした。
「い、いらっしゃいませ……。よかったら、ぜひ見ていってくださいませ。海の向こうの国で作られた、とても美しい生地でございますわ」
私の声を聞いて、なぜだか目の前を通っていたおばさんがガハハと笑った。
(……? ……何かおかしなこと言ったかしら?)
「いっ、いらっしゃいませぇ……。どうぞ、ご覧になってくださいませ。こちらではなかなかお目にかかれない、素敵な布地でございますわよ」
「あはは! あのお姉ちゃん、面白い喋り方~!」
「っ!?」
また通りすがりの子どもに笑われた。
(あ、ああ、そうか……。私の話し方が浮いているのね……)
私はなんだか恥ずかしくなり、サディーさんのようなフランクな話し方をしようと努力してみる。
「み……、み、見てっとくれー……」
……いや、無理してる感がすごくてこっちの方が恥ずかしい。
まあいいわ。街の人っぽい話し方は徐々に身についてくるはずよね。
「うわぁ、素敵ねぇ」
その時、また目の前を通りがかった一人の若い女性が、品物を見て目を輝かせた。
(よ、よしっ! チャンスよ!)
「どっ、どうぞ、よかったらゆっくりご覧になってくださいませ! とても素敵でしょう?」
「ええ、綺麗ねぇ。この布なんか、とっても軽やかで。柄も素敵……! でもこれ、どう使うの?」
「えっと、そ、そうですね……。あ、たとえば、今のお召し物の上に重ねてこう……縫い付けてみるのも素敵だと思いますわ! ……ほら、こうして。お洋服の雰囲気が一気に変わるでしょう? とてもお洒落ですわ」
「うわぁ。ほんとだ。なんか可愛い!」
その女性が着ていた生成りの質素なワンピースの上に、女性が目を留めた茶色を基調としたごく薄いふんわりとした生地を、くるりと巻いてみる。大胆な花柄が施されていて、あっという間に華やかになった。
「へーえ! いいわねぇ! すごい気に入っちゃった」
「ええ、本当に素敵です!」
女性は「でも贅沢できないしなぁ……」としばらく悩んでいたけれど、何度も何度も自分のワンピースに当ててみて、結局その布地を買っていってくれたのだった。
「あ、ありがとうございました……!」
(やった! 売れたわ……!!)
まるで自分がこの布たちを異国から持ち込んできて、ようやく売れたかのような達成感だった。嬉しい。サディーさんたちのお役に立てたわ。
「おやっ! 売れてる!」
宿に荷物を取りに行っていた二人が戻ってきて、店先を見て驚いている。
「ええ、三人も買ってくださいましたわ!」
「へーぇやるじゃないか! あんた商才があるんじゃないの? ありがとねぇ」
サディーさんはご機嫌だ。ラモンさんも「こりゃびっくりだ」と目を丸くしている。そう、あれから他にも二人のお客様が布を買っていってくれたのだ。
「一体どうやって売ったんだい?」
「いえ、決して特別なことをしたわけではないのですが……。この国の人たちは、こんな軽やかでお洒落な布地を衣類に使う発想がありませんので、そういうのを提案してみたんです。こうやってスカートの上に重ねて……とか、こういう風に、簡単に縫ってショールとして軽やかに羽織ると素敵だとか」
「へーえ……」
「そしたら若い女性はやっぱり気に入ってくれたようです。サディーさんたちがお持ちになったイェスタルアの布がとても素敵だからですわ! これらの布を使ってドレスを作っていいと言われたら、私無限にアイデアが湧いてきますもの」
「……そうかい。……ふむ……」
気分が高揚してウキウキと話す私を、二人はまじまじと見つめていた。
そして、それから数日後の夜。
その日も露店で数枚の布を売り、宿に引き上げ食事をしていると、ラモンさんから突然こんな提案をされた。
「なあ、リアちゃん。あんた俺たちと一緒にイェスタルアに来ないかい?」
「……へっ?」
帰りに屋台で買ってきたスープを黙々と食べていた私は、その言葉の意味が理解できずにきょとんとする。来ないかい、って……? ……旅行?
「いやね、さっき二人で話してたんだよ。あんたどうやらここで仕事や住む場所を探すのはなかなか難しいみたいだし……。でね、思ったんだ。ここ数日のあんたの仕事ぶりを見ててさ、リアちゃんにはこの手の仕事がすごく向いてるようだってね。だからさ、あたしらの国に一緒に来て、こっちで働いてみないかい? 店を手伝ってくれるなら衣食住は保証するよ」
「えっ……」
こ、この国を出て、海の向こうの国に……?
この私が……っ!?
思わぬ提案に面喰らって固まっていると、ラモンさんも言う。
「リアちゃんは頼るあてもないみたいだしさ。このまま、じゃあなって置いて帰るのも、俺たちとしては心配なわけさ。どうだい? 考えてみなよ。過ごしやすくていい国だよ、イェスタルア王国は」
「は、はい……。ご親切に、ありがとうございます。少し……考えさせてくださいませ」
「あはは! いいよいいよ。ゆっくり考えてみなよ」
私の返事に、なぜかサディーさんはケラケラと笑った。




