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11. 異国の美しい布たち

「……。……ん……」


 ……あれ……。

 ここ、……どこ……?


「おやっ! 気がついたかい!? あぁぁ~よかったよぉ~!」

「ひゃっ!!」


 目を開けた途端、知らない女性の顔が視界ににゅっと入ってきて、驚きのあまり声を上げた。細かくウェーブのかかった漆黒の長い髪に、この国では見慣れない浅黒い肌の色。……どうやら異国の人のようだ。

(……あ、この人……)


「……さ……先ほどの、露店の……」

「そうだよ! あんた店の前で突然バターン! と倒れるんだもの、ビックリしちゃったよ。大丈夫かい?」

「は、はい。すみません、ご迷惑をおかけしました……」

「ああ、いいよ! 起き上がらなくて」


 異国のご婦人は上体を起こそうとした私の肩を、ぐいと布団に押し戻す。……どうやら私はベッドの上に寝ていたらしい。ここは一体どこなのだろう。


「あんたが突然倒れるもんだからさ、旦那がここまで運んできたんだよ。ここはあたしたちが泊まってる宿さ。あんたを寝かせて旦那はまた店に戻っていったよ。誰もいないから安心しな」

「そっ、そうだったんですね。わざわざこんな……ありがとうございます」


 あの露店で異国の美しい布を売っていたこの女性の名は、サディーさん、旦那様はラモンさんというそうだ。海の向こうのイェスタルア王国から、数週間前にこのナルレーヌ王国にやって来て、持ち込んだ布をあの露店街で売っていたらしい。けれどちっとも売れなくて、そろそろ引き上げようかと思っていたそうだ。


(イェスタルア王国、か……)


 南の大陸の最も北側に位置するその王国については、これまでたくさん学んできた。大昔はあったはずの国交が、両国の関係悪化のせいで一度閉じてしまった。それが最近になって条約を締結し、再び我が国との交流が始まったのだ。

 このナルレーヌ王国とは、言語もとても似通っている。私は南の大陸の言語もいくつか習得しており難なく話せるけれど、全く学んでいなかったとしても、おそらくある程度の意思の疎通は可能なくらいだ。

 私はイェスタルア語が話せることを二人に伝え、母国の発音で話してもらった。


「こっちの国ではこの手の布はあまり見かけないらしいからさぁ。いけると思ったんだけどねぇ。道行く人たちに声をかけてみても、綺麗だけど使い道がないとかってほとんど見向きもされなかったよ。残念だねぇ」

「まあ……そうなのですか……」


 私もとても残念に思った。

 ここはサディーさんたちが借りている宿の一室とのこと。見回せばたくさんの美しい布たちが、所狭しと置いてある。私はそれらをしばらくぼんやりと見つめた。


(……そう? 使い道、ないかしら……。テーブルクロスやカーテンにでも使ったら、きっと華やかで可愛い……。いや、いっそこれらでドレスを作りたいなぁ。あの布なんて、すごく素敵だわ。うちで作っていたシンプルなパーティードレスの上に、あの軽やかな布を幾重にも重ねてふんわりさせたらすごく新鮮だし、華やかになるはずよ。ああ、作ってみたいなぁ……)


「ところであんた、名前何て言うんだい?」

「っ!」


 綺麗な布たちに見とれ、頭の中で様々なドレスやジャケットを勝手に作っていると、サディーさんから突然名を尋ねられた。そうだ、名前……。な……名前は……えっと……。


「……リア、です。……リアと申します」

「へえ。リアちゃん。可愛い名前だね。なんでこんなになるまで疲れ果ててるんだい? たぶんご飯もちゃんと食べてないんだろ? こんな細い体してさぁ」


 私は何となく偽名を使った。こんなところで社交界の知り合いに会って身元がバレることなんてきっとないだろうけれど、これから先はセレリア・バーネットの名を捨てて生きていく方がいいだろうから。

 サディーさんは私の手首を持ってまじまじと見ている。そ、そんなに心配されるほど細いかしら。


「その、ちょっといろいろと事情がありまして……。う、生まれ育った家を出て、一人で生きていくことにしたのです。でもなかなか仕事が見つからなくて……。困り果てていたところでした」

「へぇ……そう。なんだか分からないけど、苦労してるんだねぇ。可哀相に」


 サディーさんは心底心配そうに私のことを見ている。人がいいのだろう。申し訳なくて私はもう一度謝る。


「すみません、本当に……。ご迷惑をおかけしました」

「いいんだよ、気にすることないさ。あたしたちはもうしばらくこっちにいるし、よかったらそれまではここにいなよ。食事ぐらいこっちで面倒見てあげるよ」

「えっ! い、いえっ! そんな、も、申し訳ないですわ」

「あはは! 大丈夫だよそれくらい。あんたお上品な子だねぇ」


 サディーさんは大きな口でケラケラ笑った。


 その夜、旦那様のラモンさんが宿に帰ってきて、私たちは三人で楽しく食事をした。ラモンさんもサディーさんと同じ肌の色に、黒髪の男性だった。彼が外の屋台で買ってきてくれた、バゲットにお肉と野菜を挟んだような軽食だったけれど、人と会話をして笑いながら食事をしたのは本当に久しぶりで、とても美味しかった。二間続きになった一室を私に与えてくださり、私は二人に心から感謝しながら朝までぐっすりと眠ったのだった。





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