1. 平凡なセレリア
「……ご、ごめんなさい……お姉さま……。ほんと、に……、……ひくっ……」
「……いいのよ! フランシス。私は本っ当にいいの。何も気にしなくていいんだから……、ね? 泣かないでフランシス」
目の前で震えながらうなだれ、全身全霊で泣いて詫びている、私の可愛い妹。これが嘘でも演技でも何でもないことは、私が一番よく分かっている。
この子はこういう子だから。昔から。
優しく清い心と、可憐な美貌。誰からも愛されるべく生まれてきた、私の妹。可愛いフランシス。
この子だからこそ、ジャレット王太子殿下は私との婚約を解消してまで愛を貫いたのだから。
私、セレリア・バーネットは、バーネット公爵家の娘として生を受けた。バーネット家は建国の頃から様々な商売を手がけて成功してきたが、その中でも繊維産業の分野において特に大きな成功を収めた。今では国内の王族や貴族たちのために高品質な衣服やドレスなどを納品しており、安定した多額の収入を得ている。高貴なご婦人方は皆、バーネット製の最高級品質のドレスで公の場に出ることをステータスとしている。たしかにそれらはとても美しいものだけれど、皆似たようなオーソドックスなデザインばかりで、私としてはそこがちょっぴり不満ではある。両親の機嫌が悪くなるのは目に見えているので、そんなことはもう二度と口には出さないけど。
そんなバーネット公爵家の長男として生まれた私の兄ダニエルは、父譲りの金髪碧眼の美男子で、成績優秀。両親の期待に完璧に応える素晴らしい人物となった。彼は両親の誇りそのものだ。
妹のフランシスは、この世で最も愛らしい娘なのではないかと思えるほどの可愛さ。母譲りの艶やかなピンクブロンドの髪に、澄んだ青空のような美しい色の瞳。真っ白できめ細かい肌、鈴を振ったような愛らしい声。幼い頃から彼女が歩けば誰もがその姿に見とれ、目で追っているほどだった。母は自分にそっくりな美貌を持つフランシスを、誰よりも溺愛していた。
そして。
そんな兄と妹の間に挟まれた、この私。セレリア。
困ったことに、あの美麗な兄や妹と本当に血が繋がっているのかと疑問に思うほどに、ごくごく平凡な容姿の持ち主だ。この国で最も多く見かける栗色の髪と、同じ色の瞳。肌はまぁ、妹と同じく綺麗な方だと思う。顔立ちだって、あの整った両親のもとに生まれたのだから、特別崩れてもいない。これと言った特徴もないけれど、大きな欠点もない。と、思う。だけど両親は不満タラタラだ。
「初めてだな。我がバーネット公爵家にあんな平凡な容姿の子どもが生まれてくるなど」
「……はぁ。どうしてかしらね。あなたにも私にも少しも似ていないわ。美しいドレスを売りにしている我が家の者として、私たち自身の美貌もブランドイメージの大切な要素だというのに……。あの子と社交の場へ出ることが恥ずかしくてなりませんわ、私」
「ふむ……。顔立ちは悪くないのだがなぁ。あの平凡な色味では……。セレリアには華がない」
思春期の頃に、居間で両親がこんな会話をしているのを偶然耳にしてしまった時のショックは忘れられない。小さい頃から感じてはいた。兄や妹に比べて、自分が両親から可愛がられていないことは。
兄や妹は、いつも次々に新しい物を買い与えられていた。ドレスや持ち物、その他彼らが欲しがった物。だけど私には必要最低限の物以外に、両親から何かを進んで与えられた記憶などない。
そして兄や妹は、両親からよく褒められていた。
「まぁ! すごいわねダニエル。今回の試験も全問正解よ。家庭教師も褒めていたわ。とても出来が良いって」
「フランシスとご子息との婚約をぜひお願いしたいと、また打診があったよ。まったく……我が娘ながら本当に、驚くほどの人気ぶりだな」
「それはもちろん、この美貌ですもの! バーネット公爵家らしい華があるし、外へ出れば誰の目にも留まってしまうわ。ふふ」
そしてその後、決まって私をちらりと見ては溜息をつくのだ。居心地が悪すぎる。
こうして両親に失望されながら育った私だけれど、バーネット公爵家の上の娘だからという理由で、このナルレーヌ王国の王太子であるジャレット殿下との婚約が、幼少の頃に決められていた。王太子殿下に申し訳ない気持ちになる。殿下だって、私よりもはるかに華があって美しい妹の方を妃にしたいだろうに。昔からそう思っていた。
そんな申し訳なさから決して表に出すことはしなかったけれど、実はジャレット殿下のことを私はとても慕っていた。兄ダニエルに負けず劣らずの美男子で、輝く金髪に深い緑色の瞳は慈愛に満ちて見えた。まさしく王子様、といった外見だ。私のような平凡な女が、あんな素敵な方の妃になれるなんて……。生まれ持った見た目はどうにもならないけれど、せめてめいっぱい勉強して、立派な王太子妃になろう。ジャレット殿下を公私共にお支えしていく妃に。
そう心に誓い、幼い頃からあらゆる学問に邁進してきた。