淑女たちのお茶会
翌日。噂を確かめるべく、私はマリーアンヌに頼んで彼女が参加するお茶会に連れてきてもらった。
普通に考えて、茶会前日にいきなり言い出す飛び入り参加なんて迷惑でしかないが、今の私は時の人。私を呼ぶことがステータスになるそうだ。大歓迎だって。本気かな。
私の元にも様々な招待状が届いているらしい。王太子殿下のお召があるのでと、伯母様が全て捌いてくれている。今までずっとマリーちゃんのついでだったのに、人間何が起こるかわからんもんだね。
「ようこそお越しくださいました、マリーアンヌ様、カナン様。さあどうぞこちらへ」
ずいずいと案内されるのは特等席だ。周りのご令嬢方の、話を聞き出そうと輝く瞳が私に集まる。今まではマリーアンヌの添え物として黙って微笑んでいたらよかったけど、これ今日無難に乗り越えられるかな……
「カナン様には感服いたしました」
「本当に。わたくしは震えるばかりで」
「あの恐ろしい変貌……! 近寄ることさえ、とてもとても」
席につき、少しの雑談を挟んだあと皆が口々に私を褒め称える。私は曖昧な笑顔を顔に貼り付け、少し首を傾げた。
「お褒めいただき恐縮に思います」
私がそう口を開くだけで、周囲からはきゃあきゃあと華やいだ声があがる。どうしよう、あんま喋れる語彙ないぞ。伯母様今までごめんなさい、マリーちゃんたすけて!! 冷や汗をかく私を置いて、周囲は盛り上がっていく。
「本当に恐ろしくて……! どうなることかと思いました」
「わたくしなど、直視も叶わず……」
「でもすぐにカナン様が動かれたでしょう?」
「静まり返る大広間を歩く凛としたお姿! 悲鳴を上げるのも忘れ、見入ってしまいました」
「あのお姿の殿下に口付けをおくられるなんて……本当になんという方だと」
「『真実の愛』ですのね……」
ワア、愛にされてしまう。私は盛り上がるご令嬢方に慌てて口を挟んだ。
「そんな……わたくしはただ殿下をお救いしなければという一心で……」
頬に手を添え憂い顔で視線を落とす私に、ご令嬢方は更に盛り上がりを見せていく。
「それこそが、ではございませんか!」
「無償の愛でございますのね……!」
「殿下にお望みになられると、もっぱらの噂ですもの」
「旅でどなたもお見初めになられなかったでしょう? きっと運命がこちらにあられたからなのだわ」
そうなのだ。殿下は珍しく、旅で誰も見初めなかった。
殿下はご令嬢の間でとても人気が高い。殿下は誰に対しても物腰が柔らかく、公明正大なお人柄だ。顔もいいし王子様だ。だが、皆『でもどうせ旅で誰か見つけてくるし』と決めてかかっていた。だから外から眺めてきゃあきゃあ言う偶像として人気だったのだ。
それが誰もひっかけ……連れて帰ってこなかった、となった舞踏会で、あの呪いだ。あの見た目は、期待を抱いたご令嬢方の心を折ってなお余りあるものだった。酷すぎたのだ。
アッ無理ですねこれ……完全に噂になってる。もう皆、物語を楽しむモードに入っちゃってる。『貴族の義務としての献身』と『その責任で娶った妃』にならんかなと思ったけど、無理だわこれ。嫉妬もしてもらえてないもん。愛か……愛はあったよ……平和とくそだめ生活への愛は……
「まるで歴代様方のお話のようですものね」
遠い目をする私に、マリーアンヌが話題を変えるきっかけを作ってくれる。皆はそれに乗っかって、話し始めた。
「わたくしは13代様の劇を見るのが好きなのです。お見初めになられたのがおひとりで、旅を通して育まれる愛に感動してしまって」
「まあ、わかりますわ! 上演されると観に行ってしまいますもの」
「わたくしは、9代様のお話が好きなのです……」
「素敵ですもの! 侯爵家の御子息様に、『必ず迎えに来るから待っていて欲しい』とおっしゃって……!」
「約束を違えずに旅を終えられて、『わたくしは約束を守ったでしょう?』とお迎えに行かれるのだもの!」
「御子息様も、5年間愛しい女性を信じて待ち続けられて!」
「互いを信じ合う愛……! 憧れてしまいますわ……」
ほう……とうっとりため息をつき、皆で歴代様方のどのお話が好きかで盛り上がる。うちの王様たち、初代様からぜんぶ歌やら劇やら本やらになってるもんね。皆知ってる鉄板だもんね。
「カナン様の出来事も、近く歌や劇になるのでしょうね」
茶会の終わり、別れ際に、私はそう見送られた。
疲れ果て屋敷に戻ると、伯母様が私を待ち構えていた。
「カナン、ダンスの特訓をしますよ」
おっと……難題くるじゃん。