第二回報酬会合 望まれた理由
そう、この国の王太子妃の条件はめちゃめちゃにゆるい。出自がーとか身分差がーとかそういうのが一切ない。なにせ歴代王太子が旅の途中にけっこうな割合でひっかけてきちゃうので。
また初代国王と王妃も同じく魔王を封じるための旅で愛を育んだので、それを踏襲した旅で出会っちゃったなら運命だよねーみたいなゆるさで国を挙げて祝福される。なんなら妃が何人でも祝福される。そういう例もあるので。今の陛下とか。
「知っての通り、現在王妃は3名いる。正妃と側妃2名としているが、関係は対等でね。他国の王族だった母が正妃として公務を担っているんだ」
父は政務が苦手でね、彼女に助けられているよ、と殿下はしみじみと頷く。話に聞く陛下、結構ゆかいな人だもんね。
「武に秀でた母は父の隣に立って共に戦っている。我が国の王位を継ぐ者は、世界の安寧を担う者だ。強大な魔物が現れた際にそれを倒すのも使命のうちだからね。彼女は父が出陣する際に同行するんだ」
ちょっと前になんか邪龍がでたとかで、陛下がご出陣なさっていた。光のごとき速さで飛ぶ神の鳥。直接見たことはないが、真なる勇者となった者一行にのみ乗ることの許される聖鳥がおわすのだ。いやうちの王様たちたいへんだね。
「もう一人の母はあまり表に出ないが、主に父の私的な面を支えている。父だけでなく、皆が彼女を慕っているよ」
殿下は一度言葉を区切り、改めて私に視線を送る。
「つまり、皆がそれぞれ、自分に合ったことで父を支えているんだ。出自を問われないということは、無理を押して担わなければならない公務がないということだ。外交に関しても、我が国の王族は他国のそれより一段位が高い。王が神々の祝福を受けているからね、私達は敬意を払われる立場なんだ。恐怖を与えないように、邪な欲を持たせないように、ただ微笑んで一線を引くのが一番いい」
過度な無理をする必要はない、と殿下は言いたいのだろう。いやほんとかな、王太子妃、ひいては王妃だぞ。
「私との結婚を呑んでくれたら、あなたにとって負担のない役割を共に考えると約束する」
「めっちゃ忙しい政務とか」
「普段の政務であれば私で対応できる。王太子妃の予算管理などはあなたに信頼できる補佐官をつければいい」
「ほほう」
正妃様がご公務を行っておられるので忙しそうだと思っていたが、とりあえず、私が想像していたよりも多忙ではないと。ほう。いや、でもなあ。
「そもそもさあ、殿下。なんでそんなに私なの?」
『向いてない』という自己評価は変わっていない。私の至極当然な疑問に、殿下は少し考えるように一度視線を落とし、それから私を真っ直ぐに見つめた。
「私が呪われたあの時、正面に立ったあなたの瞳からは、私への恋情は感じ取れなかった」
「それはまあ」
殿下のこと直接知らなかったし、好きとかじゃないもんね。私は頷き、続く言葉を待った。
「あなたから感じ取れたのは、『それが一番理にかなっている』もしくは……そうだな、『合理性』といったような、損得勘定だ。そこに悲壮感も自己犠牲もなく、かといって過度な欲深さもない。自己を含んだ大多数にとっての利を選んだ。そう感じ取れた」
殿下の視線は真剣で、私の心の底を読み取るようだ。あの時も、さっきも、殿下は私を真剣に見つめていた。『敏いお方』……うわ、なるほど。
「私は絶望していた。これからの国民の、世界の苦難を思って。そして怒りに震えていた。隙をつかれた自身の不甲斐なさに。そんな時に、あなたが恋心でも、自己犠牲でもなく、利のために即座に行動してくれた。私は、そんな女性に隣に立って欲しいとずっと望んでいた。……まさかあなたにとっての利が、『自堕落生活』だとは思わなかったけどね」
そう言って殿下はくすくすと笑う。私の希望伝わってるじゃん……その上で私は、殿下の望む王太子妃の条件に合致したのか。マリーアンヌの言った通りだ。これは殿下にとっても『非日常に燃え上がる恋』ではない。あーね……なるほどね……私は諦めて天を仰いだ。
「2週間後、魔王封印を祝う祝賀会が開かれる。あなたにドレスを贈り、エスコートする許可をもらいたい」
こればかりは仕方がない。私は殿下を見つめ直し頷いた。私は今回の事件における功労者だ。その自覚はある。殿下に伴わなければ、差し支えがあるだろう。
そして私は理解している。勇者の呪いを解いた『清らかな乙女』が望まれて妃となる。それはあまりにも、具合が良い。
「あなたのお父上に書状を送り、婚約の承認を得る。構わないね?」
2週間。まともに考えて、正式な書状を持った王家の使者が、2週間でメルクール領から返事を持って帰るのは無理だろう。その後から手続きが始まる。つまり婚約が締結するのは、祝賀会の後だ。
よし、と私は頷いた。ひとまず祝賀会を乗り越えよう。もう婚約は整ってしまうだろう。お父様が王家の申し出を断れるわけもなし、伯母様からはすでに『受けなさい』と言われている。
なるほど、側妃だ。側妃を狙おう。
「わかりました」
祝賀会の後、側妃交渉始めよう。今やると簡単に言いくるめられそうだから、一旦持ち帰り考えよう。私はそう決意し、殿下に向かって頷いた。
別れ際、扉の前で思い出したかのように殿下が、そうだ、と口を開いた。
「誓って私はまだ何ひとつ動いていないが、既に貴族の間で君が王太子妃になるだろうと噂になっている」
「ええ…………?」
はやない? まだ数日だぞ。勤勉だな貴族……
「今後は私も動く。あなたと婚約出来る日が楽しみだ」
私に向けられた艷やかな微笑みに、殿下別れ際に衝撃与えずにいられないのかな……と呆然としながら帰宅するのだった。