第二回報酬会合 暴かれた仮面
「お召しによりまして参上仕りました」
またしても殿下の執務室まで通され、深々と礼をとる。いやほんと、私なんでここに通されてるんだろうね?
「畏まらなくて構わない。手を」
おお……流れる早業エスコート……そう思い殿下に手を預けるが、殿下はなぜか私の手を取ったままこちらを見つめる。ウッ眩しい。前回にも増してご尊顔が輝いている。あれか、目の下の隈が消えてるからか。
「今日は、きちんとあなたと話し合いたい」
殿下は真剣な視線で私を見つめながら囁く。ウッ近い。顔がいい。ぎりぎりだ。婚約者でない男女のエスコートの距離としてぎりぎりを攻められている。
「普段通りに振る舞ってくれて構わない。私はあなたと腹を割って話がしたい」
「いえ、ですが……」
わたしのうろたえた声に、殿下がちらりと視線を逸らす。それが合図だと言わんばかりに使用人たちが退室し、扉が閉め……いや扉ちょっと開いてるし。大丈夫だし。
殿下は再び私をじっと見つめる。私はそっと目をそらした。仰け反りたい。ひとまずこのド美形から距離を取りたい。動転してしまう。
「あなたの本心が知りたいんだ。どうか、隠さないで」
私の反応を確かめるように真剣だった殿下の視線が甘くとろける。殿下の声はまるで蜜のようだ。熱のこもった、乞い願うかのような眼差しが私に注がれる。
「――――カナン嬢」
「キエエ! 甘ったるい!!!」
甘く響く私の名に、令嬢擬態は儚くも崩れ去った。殿下の手をはたき落とし3ステップ踏んで後ろに下がる。こっわ! この2日間で一体何が!?
「ははは、それがあなたの素だね」
「!?」
驚きに目を剥いて殿下を見ると、殿下は今さっきの甘い雰囲気がまるで嘘だったかのようにただそこに立っていた。
「いや、無理に暴き立ててすまないね。そのまま話してくれ」
「ふっ不敬っ」
「問わないよ。安心してほしい」
うそでしょ!? 令嬢擬態暴くためだけに今のやりとりが!? 色仕掛で!?
「あなたは前回からずっとどうにも話し難そうにしているし、しかし私の前では正しく振る舞おうとする理性があったものだからね。本当に、話しやすいように振る舞ってくれればいい」
「…………えっ」
私は憤りのあまり殿下に向かって叫んだ。
「偉いからって何をしてもいいと思うなよ!!」
申し訳なかったね、と笑いながら殿下は私に席を勧めた。取り繕うのやめるからな、いいか、やめるからな!! 殿下のせいだからな!!
「はーーーうそじゃん……」
よりにもよって、1番剥がれちゃいけない相手に擬態を剥がされた。王太子だぞ。私はソファーに腰掛け、頭を抱えて項垂れた。
「私が無理に暴いたのだから、あなたがどう振る舞おうと責任は私にある。……この場に座って圧迫するように暴くよりは平穏かと思ったんだが、すまなかったね」
「そんなんされたら泣いちゃう……」
「だろうねえ……」
それはしたくなくてね、とこぼしながら殿下はティーポットから茶を注ぎ、振る舞ってくれる。手ずからか、まじか。諦めた私の視線の先で、殿下は自分のティーカップに注いだ紅茶に口をつけていた。
「さて、じゃあ腹を割って話そうか」
殿下は私の顔を見て、にっこりと笑った。
「あなたの望みについて、人伝に聞いていることがある。『生涯に亘る安定した生活の提供』……間違いはないだろうか?」
「まあ……おおむね」
ギルバートが殿下に何と伝えたのか、一言一句違えずに教えて欲しい。『自堕落』が含まれているか、それが重要だ。
「であれば、私の妃になってほしい。一生涯の生活を保証すると誓うよ」
互いの望みが一致したようでよかったと、殿下はにこにこ微笑んでいる。
「いやあ……王太子妃はちょっと荷が重いかなって……」
一致してないんだよなあ……私は殿下から目をそらしながら、どうにか王太子妃を避けながら自堕落生活を手に入れられないかと思いめぐらせた。いやほんと、だって向いてないと思うよ。子爵すら向いてないねってお父様と話してるのに。
殿下はそんな私を見て、ふむ、とひとつ頷き手を組んだ。
「思うに、あなたにとって『王太子妃』という肩書が重く、負担に感じられるのだろう。――それを重く受け止めてくれることこそが、得難い素質だと私は考えるけどね」
殿下は生まれつきの王族だからか、そんなことを言う。いや誰にとっても重いでしょ、王太子妃。自堕落生活と雲泥の差でしょ。どっちが雲でどっちが泥かはちょっと明らかにできんけど。
納得がいかない顔をする私に、殿下は説得を始めるかのように切り出した。
「考えてみてほしい。この国の王太子妃は、出自を問われない」