第一回報酬会合 原因と対策
「急に呼び出してすまないね」
迎えの案内で、どうぞどうぞと言われるがままに進んだ先は王太子殿下の執務室だった。いやうそでしょ。
私を出迎えた殿下はピシッときまった格好で、麗しい顔に穏和な笑みを浮かべている。しかし、目の下には隠せぬ隈が浮かんでいた。えっ寝てなくない? もしかしてあれから寝てなくない?
「カナン・ド・モレにございます」
ひとまず深々と礼をとり名を名乗る。想定外なんだけど、これからどうしたら?
「そう畏まらなくていい。私はフェリクス・バルテザー・ド・ルヴィエール。この呼び出しは非公式のものだ。気楽に話してもらって構わない。まずはこちらへ」
スッと手を取られスイッとエスコートされる。気付いたときにはソファーに腰掛けていた。何これ早業。
フェリクス殿下は流れるような動きで私の向かいに腰掛ける。殿下が着席なさるなりすぐ紅茶が運ばれサーブされた。殿下が紅茶を一口含まれ私に勧めてくれたころには、使用人は皆一礼して部屋を出ていった。扉は少し開けられている。えええ、何これ早業……
「まずは礼を。私はあなたに救われた。心の底から感謝している。そして謝罪を。私の未熟さゆえ、あなたにつらい決断を強いてしまった。申し訳ない」
「いいえ、わたくしは当然のことをしたまでです」
ひ、ひ、非公式〜〜〜! 対応力低いからやめてくれないかな。なんとか曖昧な笑顔をキープしながら、私に向かって謝罪する殿下を眺める。変な汗かいちゃう。脇汗でちゃう。伯母様今までごめんなさい、伯母様たすけて!
願いが通じたのか、それとも困り果てる私に気付いてくださったのか。殿下は私に向かって微笑み、口を開いた。
「謝罪として、魔王復活の原因と、今後取る対策について説明させてほしい」
私が聞くのか、本気か。そう思いながら曖昧に首を傾けると、殿下は説明を始めた。
「まず、魔王封印が破られた原因だが、長い年月の経過により封印に綻びが生じたためだった。綻びの主な原因は聖剣の継承による真なる勇者及び聖剣の不在期間。但しこれについては、継承をしないわけにはいかない。継承が途絶えてしまえば封印はその段階で破られるだろう。これを変えることはできない」
そう、これこそが殿下が自国を不在にしていた理由だ。
我が国の王太子とは、聖剣に選ばれた勇者(予定)なのだ。次代勇者に選ばれた者が血筋など関係なく立太子し、18歳になると国宝の聖剣を正式に継ぎおよそ5年ほどかけて世界を、聖地を巡る旅に出る。神々の祝福を授かり、勇者(覚醒)となるために。次代勇者は勇者の嫡出子に現れる例が多いけどね。フェリクス殿下の御父上も陛下だ。
「勇者は1代およそ25年から30年。次代が聖剣を継ぐまでの期間なので確定したものではないが、大体はそんなものだ。私で19代目、およそ500年で封印が破られるのではないかと考えられる」
殿下は一度目を閉じ、力の籠もった視線を私に向けた。
「500年、という期間も推測にすぎない。『魔王が封印を破る日が来る』聖剣の伝承と共に、この件を厳重に伝えていくと誓う」
次に殿下が話したのは、主に『なぜ呪いを受けてしまったか』についてだった。殿下は自身の失態を悔い、私に謝罪を重ね語り始めた。やめろ、まず謝罪をやめろ。
彼の話をまとめると、つまりこういうことだ。
あの宮廷舞踏会は、魔王にとって千載一遇の奇跡の瞬間だった。帰国を祝う宴だったため、聖剣は一時的に彼の手を離れ、正しく祝福を授かったことを示すために飾り立てられていた。そして、魔王が多少の違和感はあれど一見舞踏会にいても問題ない正装した成人男性に見えたことも原因の一つだ。
殿下は5年ぶりに帰国し、久々に顔を見る自国の貴族への対応に追われていた。なにせ5年も経てば顔も体型も変わる者が多い。目の前に現れた人物に、どこの誰だったか思い出そうとした一瞬の隙をつかれたのだ。だから魔王が封印されながら長い年月をかけてねりねり練り上げた渾身の呪いが通ってしまった。
もし彼の手元に聖剣があれば、あるいはもし彼が気を取られていなければ、起こるはずがなかった事件だったのだ。なるほどね?
「対策として、舞踏会を見直すことにした。今後は聖剣を飾り立てず、勇者が帯剣することとする。私が帯剣さえしていれば、呪いを受けることもなかった。そもそも封印が破られた時点で察知できただろう」
膝の上の、殿下の組んだ手がぐっと握られる。めちゃめちゃ悔しかったんだろうなあ……
「魔王は今回、聖剣が正しく継承されていると知ってしまった。次は封印を破った瞬間に姿を晦ますかもしれないが、それも聖剣さえあれば魔王の居場所を察知できる」
殿下はふうと息をつき力を抜いて、少し眉を下げて首を傾げた。
「以上の説明と対策をもって、あなたへの謝罪とさせてもらいたい。納得してもらえるだろうか」
「はい、もちろんにございます」
私は一も二もなく頷いた。そもそも王家は魔王を封じているのだ。世界まるごと守ってもらって、きちんと対策をしてもらえるなら言う事などない。王太子が帯剣、うん、それがいいと思うよ。
「次に、あなたの献身に対する償いをさせてもらいたい」
殿下は真剣な瞳で私を見据える。ついにきた。私は膝の上で拳を握った。
「――申し訳ないが、あなたについて少し調べさせてもらった」