電子書籍発売記念SS 微睡むあなたを
頁をめくる音が聞こえなくなった、と気付きフェリクスは手元から視線を上げた。カウチソファーを見ると、カナンがすやすやと寝息を立てている。
「衝立を」
フェリクスは片手を上げ、使用人にそう指示を出した。音を立てて起こさないように、別室から静かに衝立が運び込まれる。
急な来客に不意に寝姿を見られないように、扉側からの視線を遮るよう衝立を置かせながらフェリクスはじっとカナンを見つめていた。
この国にとって、きっと彼女は最後の砦となるのだろう、とフェリクスは考えている。王太子妃、あるいは王妃として彼女が覚悟を決め立ち上がる日がくるとすれば、それはきっとこの国に取り返しのつかない間違いが発生するときだろう、と。
元より道を違えずに国を守りたいと思っていた。それは己に課した固い誓いだ。だが今は――フェリクスは視線を和らげる。
(彼女がいつまでも、こうして微睡んでいられるように)
この光景を守りたい。彼女が安心して眠るこの姿を。それはきっと、今まで抱いていた決意よりも、温かく柔らかな想いだ。
「……ふんぁっ」
妙な寝息を出すカナンにふふと柔らかく微笑んで、フェリクスは小声でささやくように使用人に指示を出す。
「ブランケットを。彼女が心地良く眠れるように」
頭を下げ、使用人がブランケットを取りに行く。それを見送って、フェリクスはクッションを手配しようと考えていた。羽毛がいい、気持ち良く頭を沈められるような。クッションカバーは華やかな刺繍があるものよりも、ふわふわと肌触りの良いものがいい。
微笑みながら、フェリクスは手元の書類に目を戻す。静かな執務室に、カリカリとペンを走らせる音が時折落ちる。
微睡むあなたを、こうしてずっと。
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現在コミックシーモア先行発売中、他の電子書店では5/24発売です!
書き下ろし内容などの詳細は、活動報告に記載しております









