永遠に誓う
昨日、父が侯爵邸に到着した。
「カナン、お前………………」
そう言ったきり黙り込んだ父は、きっと、向いてないとか大丈夫かとか、そんな言葉を必死に飲み込んでいたのだろう。
「あのね、大丈夫そうだよ。殿下とならやってけるよ」
私の言葉に父は少し淋しげに微笑んで、そうか、幸せになるんだよ、と噛みしめるように告げ、私の頭をそっと撫でた。
それから後はぺっかぺかに磨き上げられた。私がちょっとすり減ったと思う。いや、ほんとたいへんだね…………
結婚式は、恙無く執り行われた。
礼拝堂の扉が開く前、父はウェディングドレス姿の私を前に目を赤くして、「アデリーヌ、私達の娘はこんなに大きく……」とこぼし唇を震わせた。
「まさかでっかく王太子妃になるなんてお母様も思ってなかっただろうねえ……」と返すと、「そういうことじゃない、そういうことじゃないんだよカナン……」と肩を落とされた。やだなあ、わかって言ってるって。
父のエスコートで殿下の元へ。
婚礼衣装を身にまとった殿下はものすごかった。圧倒的に顔が良すぎて顔がいい。この人が、私のことを好きで、私もこの人が好きで、今から夫婦になるのだ、と思うと奇妙な顔つきになってしまいそうになる。私はなんとか曖昧な笑顔を維持し、祝賀と説教を頂戴し続けた。
司教様の説教は、だいたい皆『尊重しあえ、互いを大事にしろ、浮気するな』だった。浮気なんかで勇者の嫡出子がいなくなったら罪重すぎん? 首飛びそう、物理的に。
それはそう、と思いながら聞いていると、司教様方が全員『浮気すんなよおじさんの集団』に見えてくる。とてもまずい。笑っちゃいけない場面って笑いの沸点下がるよね。
なんとか笑いを噛み殺して式を終えた。せり上がるどころか込み上げてきちゃった。笑いが。いやあ危なかった。ギリギリの戦いだったね。
殿下のエスコートで馬車に向かう私達を、皆が見送ってくれる。
バスティアンは今日は男装だった。隣に奥様を伴っている。立ち姿がすでにいつもと違っていて男らしい。心底器用だな。今度はあの姿のバスティアンとも話がしてみたい。
伯父様と伯母様は、今にも泣き出しそうな顔をしていた。伯父様は私に甘いし、伯母様にはいっぱい心労かけたもんな……でも今から覚悟したほうがいいと思う、2年後はマリーちゃんの番だぞ。
マリーアンヌはギルバートと寄り添い合っている。そっと動かされたマリーアンヌの指先が、小さな花飾りに触れる。私達はにやりと笑みを交わしあった。
続く先には父が立っている。お父様もうめちゃめちゃに泣いてるのよ。誰かハンカチ渡してあげて。首元で固く握られた手の中には、お母様の姿絵が入ったペンダントがあると、私は知っている。
「カナン、幸せに」
なんとか絞り出された父の言葉に、私は晴れやかに笑ってこたえた。
「任せといてよ」
父はあまり領地を離れない。
領主の補佐官として、メルクール領を預かるのだから当然のことだ。そして私はこれから王城で暮らすことになる。……ずっと、メルクール領を、父の元を離れることは考えていなかった。いつでも気軽に会えて、甘えられる距離から出るつもりはなかったのに。
ああ、これからは簡単には会えないのか、と馬車に座り寂しさを噛み締めていると、私の手がそっと持ち上げられる。隣に視線を動かすと、殿下が優しく微笑んでいた。
「大丈夫だよカナン、私がいつでも会いに連れていく」
「………………聖鳥様に乗って?」
「ああ。驚くほどすぐに着くよ。予定が許す限り、いつでも会いに行こう」
「お父様ひっくり返りそう」
嫁に出した娘が聖鳥様に乗って帰郷するのだ。驚く父を想像し、笑いがこみ上げる。――殿下は、本当にいつも私に安堵感をくれる。
「あのさあ、ずっと気になってたんだけど、聖鳥様そんな気軽に呼び出していいの?」
「神の御力の一部が具現化したもので、意志ある鳥ではないんだ。それに神々は私にこの力を『人々の安寧を守るため』与えてくださった。一番身近で大切な家族の心を守るために力を使うのは、正しいことだよ」
神々もきっと喜んでお許しくださる、と穏やかに微笑む殿下に笑みを返す。私の旦那様最高だな。
パレードが始まった。神殿の敷地を出るなり割れんばかりの歓声が巻き起こる。見渡す限りに広がる群衆は熱気に溢れている。
旗をふり、手を振り、花を掲げ。向けられた顔は皆満面の笑顔だ。街道も華々しく飾り立てられている。
私は馬車の上で曖昧な笑顔を浮かべながら国民に向かって手を振り続け、口付け地点では殿下と口付けを交わし恥ずかしげに微笑んだ。悲鳴のような歓声が上がる。大盛りあがりだ。いやほんと、冷静に考えて口付け地点ってなんだ?
殿下も見事な笑顔を振りまいているが、たまに口の端が震えている。
「あのさあ」
私は周りから気付かれないように、曖昧な笑顔を浮かべたまま小声でささやいた。
「殿下ちょっと笑いそうでしょ」
「なにが?」
「3パターン」
「ッフハ」
殿下がむせ返りそうになった。
「やめて、笑わせないで」
「やっぱ笑いそうじゃん」
笑っちゃいけない場面って笑いの沸点下がるよね。うんうんと小さく頷き共感する。わかるよ、私もさっきそうだった。
「…………あなたといると、本当に楽しい」
殿下は愛しげに微笑んで、私の頬をそっと指でなぞる。顔が近づく。いや待ってここ口付け地点じゃないんだけど!?
軽く触れるように、額に落とされた口付けに、今日一番の大歓声が巻き起こる。もう恐怖体験の絶叫みたいなのよ。
「愛しているよ、カナン」
向けられた心からの笑顔に、私は天を仰いだ。いやあ本当……いいように負けそうですねこれ……
私は負けじと殿下の手を持ち上げ、その指先にそっと口付けた。ちゅ、と立つささやかな音に指先の温度が上がる。
「私も愛してる」
さあ、あなたとの未来を、永遠に!
最後までお付き合いくださりありがとうございました!
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12/24追記
日間総合一位のお祝いに、ウェディングドレスカナンちゃんのFAをいただきました。
活動報告に載せておりますのでよろしければご覧ください。
とてもかわいくてうれしいです!!!









