清らかな乙女の献身
「カナン、君の働きは本当に素晴らしかった」
「国の、世界の平穏のために、あなたが捧げた献身は称えられるべきものです。あなたはあの場にいた誰よりも立派でした」
侯爵家のタウンハウスで、メルクール侯爵夫妻からものすごく褒められた。全般的に甘い伯父様はさておき、いつも厳しい伯母様に褒め称えられるのは滅多にないことだ。ドヤッとこ。
そう、私はモレ子爵家の……一応……令嬢であり、このお二方は私の実の伯父夫妻でもある。
モレ子爵家は代々メルクール侯爵家の補佐官を務める家柄だ。右腕として、侯爵が不在の際に領地を任されたり、やっかいな問題が起こって現地に責任者を送らなければいけない場合に赴任したりする。
確かに信頼関係は厚いけど、縁戚関係はまあある、くらいの家だった。父と伯父様は幼い頃から主従として、また無二の友として、それはもう親しく育ったそうだ。
伯父様には妹がいた。体が弱く領地どころか城からも出られないような、深窓の令嬢だ。
父は当然、妹君のことも大切にした。外で見た物事を話し、体調がいい日には共に庭園を歩き、領地内を動き回るようになってからは土産を渡しその土地で見たことを話した。そう、ふたりは当たり前に恋に落ちたのだ。
普通であれば、侯爵家の令嬢が子爵家の父に嫁ぐことは難しい。しかし我が国は身分差のある結婚にある程度寛容だし、その上妹君は体が弱く、外に嫁ぐなど不可能だった。であれば、本人の希望通りこの領地内で、信頼できる父に預け侯爵家で支え続けようと、そう話がまとまった。
つまり、今は亡き母が伯父様の妹なんだよね。
「私は今日から『やればできたこ』です、伯母様」
胸を張って宣言すると、伯母様は一言言いたいが言えないみたいな顔をした。いつも『あなたはやれば出来るというのに……』って頭抱えてたもんね。
「……そうね。ええそうよ。あなたにしか出来なかったわ」
額を押さえ首を振る伯母様に、危険を感じる。あんま調子に乗ったら説教されるやつだこれ。私はドヤるのは程々にして、ひとつ気になっていることを聞くことにした。従姉妹のマリーアンヌ。大広間で倒れて婚約者殿に支えられてるの、見たんだよなあ……
「マリーちゃん、大丈夫?」
「ええ、大丈夫よ。ヴァルモン卿が送ってくださって、大分気も落ち着いているわ。自室で休ませているの。あなたからもマリーアンヌに声をかけてあげて頂戴」
「はい。心配だし会ってくるね」
「『会ってまいります』よ、カナン」
伯母様の小言にはぁいと返事をしながら歩き始める。いや私もなってないんだけど、伯母様も伯母様で基準がおかしいんだよね。子爵家の私を侯爵令嬢レベルに育てようとするからな……
伯母様、お母様と仲良かったもんなあ……しみじみと頷いて、私はマリーアンヌの部屋に向かった。
マリーアンヌの部屋をノックする。すぐに入室を促す声が返ってきたので、そっと扉を開けた。
「マリーちゃん」
「カナン……!」
ふわふわの金髪を下ろし、部屋着に着替えた女神のごとき美女が駆け寄ってくる。女神は私の両手を握りしめ、心苦しそうに、気遣うように潤む瞳をこちらに向けた。
「カナン、あなたがあの呪いを解いたのでしょう? ……本当に、なんて……」
「へへへ、伯母様に褒められたよ」
ドヤッとした私の笑顔に、マリーアンヌも気を取り直したように微笑みを浮かべてくれた。
「まあ、お母様がカナンを褒めるのは珍しいことね」
「でしょ、マリーちゃんも褒めて」
「……ええ、あなたのおかげで世界は救われたわ。ありがとう、カナン」
「うん」
伯母様にドヤるのを諦めた分、マリーちゃんにいっぱい褒めてもらお。マリーアンヌはとても優しくて私に甘い。私たちは、とても仲の良い従姉妹なのだ。
「……わたくしは魔王が消えてすぐに気を失ってしまって……不甲斐ないことだわ……」
「マリーちゃん、たまたますぐ近くにいたもんね。しょうがないよ、びっくりしたでしょ」
「びっくり……あの衝撃をびっくりで済ませてしまうなんて、もう。カナンらしいわ。……大丈夫? カナンも恐ろしかったでしょう?」
「まあ確かにびっくりするくらい気持ち悪かったけど、平気だよ。私気持ち悪いものまじまじ見ちゃう方なんだよね、蛇の死骸とか」
「蛇の死骸だなんて、そうそう見るものではないわ」
「結構見たよ、小さいころ」
マリーアンヌは私の物言いにクスクスと笑い声をあげる。落ち着いたようで何よりだ。
「でもカナン、乙女の唇はそう安いものではないわ。せいぜい高く、王家から引き出しましょう?」
「うん、そうする」
なにせ私は食っちゃ寝生活を狙っている。私とマリーアンヌは目を合わせ、ニヤリと笑いあった。相手は王家だ。一生ぶらさがりたい。
一緒に寝よう、とマリーアンヌに誘われ、寝支度を整えて一緒のベッドに入った。マリーアンヌは夜中少しうなされた。やっぱり、相当怖かったのだと思う。
温かな体温を分け合って、ゆっくり眠り朝寝坊した。翌日もマリーアンヌに甘やかされて、伯母様も褒めるしかないという顔をしていて、何これ最高かな。
そんなたのしい1日を過ごし、王家からの迎えが来たのは、事件の翌々日の、昼すぎだった。