第三回婚約者会合 結婚式に向けて
「本気か」
いよいよ結婚式も近くなり、具体的なスケジュールの打合せが始まった。進行を確認したが、主宰、祝賀、説教、祝賀、説教、祝賀説教……何行にも渡って司教様のお名前が記載されている。国内外から大集合だ……いや、本気か。こんなに一堂に会することある?
「何回祝賀と説教を……」
「聖地で受けた祝福の数の分だね。それぞれの神を祀る教会から司教に来て頂くんだ」
「殿下の結婚大事じゃん」
「私とあなたの、だよ」
そんな大事の主役のひとりになるのか……私は目を閉じ天を仰いだ。腹回りが楽なドレスを作ってもらって本当によかった。これでウエスト締め付けられてたら重圧感でせり上がってきちゃいそう。そんなん大事件じゃんね。
いやわかってるよ、プレッシャーが強いだけで、こんなに祝賀と説教をいただけるなんて有難いことだ。わかってるけど、うわ凄〜って思っていられる第三者がよかったなあ〜〜〜……
いやいやまあまあ、と気を取り直し事態を呑み込んだ。これはもう決定事項だ。有難い、そう有難く頂戴する。よしわかった。大丈夫だ。次行こう、次。
「正気かな」
次は挙式後のウェディングパレードのルート確認だった。式が終われば、私たちは馬車に乗って街中を回る。地図を確認していると、広場や大通りの合流地点等、広くて人が集まれる場所に赤丸がいくつもつけられていた。これは何かと尋ねると、その場で馬車を停め私達が口付けを交わすのだと答えられた。経路の要所要所に口付け地点が設けられていたのだ。
「あなたが嫌ならもちろん見直すけれど、効果的なんだ」
私はふーーーーーーーーと腹の底から長い息を吐いた。
「いや……わかるよ。私がちゅってしたら世界を救ってもらえて、私達がちゅってしたら王室人気が上がるならいってこいでしょ……」
「あなたのその、最小で最大の利を得る選択をするところが好きだよ」
ハハッ最小限を目指すのは得意だ。いいよもう減るもんじゃなし。人気が上がるのは重要だ、特に私にとって。私は今代の正妃様のような活躍はできそうにない。ならばせめて、初手で人気をもぎ取っていこう。どうせ劇とか本になるしね。『あの話に聞いた場面の再現』これを見せるのは、つよい。
「ではこれも本決まりだね」
殿下は着々と確認事項をチェックしていく。私達の結婚式は恙無く執り行われることだろう。私は覚悟を決めて、首を縦に振り続けた。
打合せが終わり、お茶が振る舞われた。お互いほっと一息ついてティーカップに手を伸ばす。
「そうだ、花飾りマリーちゃんに渡したよ。喜んでくれた。ありがとう殿下」
「どういたしまして」
バスティアンが音頭を取って試作してくれていた髪飾りは先日無事完成した。私も自分が着けるものを先に見せてもらっている。
金色のワイヤーで形作られた花びらは1枚1枚が繊細な表情を見せ、淡く色付けられた薄く透けるような膜が煌めいていた。優雅に咲き誇る柔らかな動きを持つ反面、宝石のように硬質な輝きを放っている、まるで幻想の花のようだ。まさか『魔物の粘液』って聞いてあんな凄いのでてくると思わなかったよね。
軽く繊細で華奢で、少しの衝撃で壊れそうに見えるのに、魔物の粘液は物凄く頑丈なのだそうだ。頑丈なのはいい、安心感がある。うっかり頭から落として台無し、とかしんどみが深いもんな……
マリーアンヌのものは、他の髪飾りと一緒に使える小振りな花飾りだ。小さくても美しい煌めきが目を惹きつける。同じ造りの髪飾りを付けて結婚式に挑むのは、どこか心強くて、とてもうれしい。
「そういえば今日司教様の話して思い出したんだけどさ、殿下帯剣してるとこ1回も見たことないんだけど、聖剣は帯剣するんじゃなかったの?」
「ああ、あれは封印の要として、城の地下にある封じの間に安置されているよ。そこから持ち出すのは王太子が旅に出ている間だけだ」
「はーなるほど。勇者になるために要を動かすから綻びができたんだ?」
「そういうことだよ。聖剣を継ぐ際に、先代が聖剣に宿る神々の御力を全て封印に注ぐ。そして次代が正式に聖剣の所有者となるんだ。その注いだ御力で旅の期間を補えると考えていたが、甘かったのだろう」
殿下は膝の上で手を組み、ひとつ吐息をついた。
「旅の行程にも、聖剣を封じの間に安置するにも定められた手順がある。今後、更に安定する方法を模索していくしかない」
以前受けた説明だけで終わらせるつもりはないのだと、殿下の表情が物語っている。ああこの人は、心底から王族であり、皆の期待を一身に背負った勇者なのだ。私はためらいながら、先日試着の際に耳にした噂を尋ねることにした。
「…………あのさ、戴冠はまだだよね?」
「ああ、耳に入ってしまったか。父が『早く玉座も譲りたい』と言ってね、それだけなんだ。不安を感じさせてすまない」
殿下は私を安心させるように優しく微笑む。
「父にはカナンに酷なことをさせるつもりかと釘を刺しておいたし、母たちにもカナンとマリーアンヌ嬢の地盤が固まるまで急激な変化は好ましくないと伝えた。これでマリーアンヌ嬢は母たちの協力も得られるだろう」
何分母たちは父の望みを叶えようとするからね、と殿下は肩をすくめた。
「あとは私が暫くのらりくらりと父を躱せば良い。安心して欲しい。あなたが落ち着くまで、時間くらいいくらでも稼いでみせるよ」
殿下は皆から期待をされていて、戴冠を待ち望まれている。今代の陛下に問題があるわけでもないし、陛下もとても愛されている。それでも、彼はとても眩い光なのだ。
けれど彼自身は、権力欲を持つわけではない。ただ泰然と必要なことを、最適なタイミングを見計らって、そうやって進んでいく。どこかに歪みが生じる強行を許さない。
「うん、安心した」
私の返事を受けて、殿下は穏やかに微笑む。この人は、いつも私に安堵感をくれる。だから、これから共に築く家庭が、この人にとっても心安らげるものになればいいと、私はそう思った。









