第二回婚約者会合 素晴らしいドレスを
「紹介しよう、彼はバスティアン・ド・ウィンスロー。私の叔父だよ」
「初めまして。どうぞお見知りおきを」
例によって人払いの済んだ殿下の執務室で、挨拶と共に目の前の美女はドレスの裾を優雅に捌き深々と礼をとった。うん……おう……? 彼?
「お初にお目にかかります、カナン・ド・モレにございます……」
そこまで言って、私は戸惑いの視線を殿下に向けた。えっどうしたらいい? 叔父? どんくらい畏まったらいい? ドレスのデザインを相談するのに女装の王弟出てくるのは予想外だが???
「私に対するのと同じように、普段通り振る舞って大丈夫だよカナン。彼は口が堅く、信頼できる人だ」
「私は臣籍に下り伯爵家の婿となった身。あなた様の方が尊い身分にございます。そして本日は相談役として参じました。何なりと気兼ねなくおっしゃってくださいませ」
「おーん…………ええと……『彼』でいいの?」
「この服装であれば、お気になさらないでくださいまし。趣味にございます」
なるほど趣味。婿って言ってたし、女装してる彼でいいんだな? 彼女でなく。なるほど?
「私は美しいのですから、男装に限られるのは美の損失でございましょう? 女装も男装も、等しく美しいのですもの。そう、私は両方の装いで、人々に眼福を授けなければならないのです」
ははーん、おもしろい感じの人だな? 確かに似合ってて美しいけど、おもしろい感じの人だな?
「振る舞いも言葉遣いも完璧ですごいね」
「仕草も言葉も、私の美の一部にございますもの。服装に合わせるのは当然でございます」
「あの、よかったらもうちょっと砕けて喋ってね、なんかちゃんとしなきゃいけない気がして、喋れなくなりそう」
「ふふ、わかったわ」
微笑む彼は美しい。はー、肩幅も喉仏も上手く目立たなくしてるんだな。なるほど、めちゃめちゃ頼りになりそう。美の専門家だ。よし、任せよ。私は深く頷き、右手を差し出した。
「よろしく」
繋いだ彼の手は、硬くがっしりとしていた。視覚との差で思考の迷宮に迷い込めそう。所作込みで女性より女性に見えるのに、いや、すごいわ。
挨拶を終えたところで、応接セットに腰掛けた。早速好みのドレスの色や飾り、形を聞かれた私は、心のまま正直に答えることにした。生兵法で取り繕っても仕方がない。正直は美徳だ。特に、専門家の知見をお借りする際には。
「その場に相応しい装いだったら色も飾りも何でも良い、形は極限まで楽に着たい」
「あなた……本気ね」
おののく彼に向かって、私は重々しく頷いた。私は本気だ。本気であんまドレスとか興味ない。ちなみに今まで着たドレスは全てマリーアンヌのついでにマリーアンヌと合わせて作られている。お支払いも8割メルクール家だ。いや伯父様たち、かわいい姪にって言ってばーんと払っちゃうんだよね。お父様の知らない間に。
「任せた」
「――――わかったわ」
彼は決意のこもった眼差しでこちらを見た。わかってくれたことだろう……私に聞いても碌な案がでないことを。いや、申し訳ないね。服飾が好きな人に興味ないと示すのも申し訳ない。でも仕方ないよね! よろしく!
そんな私達を前に、殿下は口元に手を添え横を向き肩を震わせていた。やっぱ笑い上戸かな。
「以前、お祖母様達の世代が若い頃に、乙女趣味のドレスが流行ったことがあるの。胸下に太いリボンを通して背中で結び、柔らかい素材でたっぷりとフリルを寄せるのよ。母親世代の中にも幼い頃に着た、憧れたという方も多くいるでしょう」
「ほう……それはコルセットは」
「つけないわ」
「最高じゃん」
身を乗り出した私に、バスティアンは真剣に頷き説明を続ける。
「馴染みがある分上の世代の受けもいいでしょう。今の流行も取り入れ、再流行を目指すの。乙女趣味と優雅の融合……これはいけるわ」
バスティアンの瞳が鋭く輝く。素晴らしい、なんて頼りになる人だ。私はただ何度も頷き彼の金言を待つ。言えることないし。
「あなたの華奢さを活かして、デコルテは開けましょう。首から胸元は宝飾品で飾るのよ。胸元は豪奢で華やかな飾りを。ドレス自体に胸を支える機能をもたせるわ。胸下の切り替えもリボンではなくレースや刺繍、ビーズを使うの。背中のリボンは残して」
華奢。物は言いようだ。作る時どれくらい開けたデザインで大丈夫か確認してね、虚構しかないから。
「そこから下、スカート部分はたっぷりと軽く柔らかな布を使って、でも膨らませずに、動きに合わせてふんわりと体の線が浮き出るのが良いわ。後ろの裾も優雅に広げて……」
ほう……なるほど…………さっぱりわからん。ぜんぜん想像つかん。なんか任せといたら大丈夫そうなのはわかった。大丈夫だな。
「いける……いけるわ! 私の美しさがいっそう引き立つに違いないわ……!」
彼は感情を高ぶらせそう叫び、私の両手をがっしりと握りしめた。
「必ず流行させましょう! 素晴らしいわ、カナン嬢!」
「ドレスは全面的にあなたに任せる。王太子妃として広告塔になるから、任せて」
「反論をひとつもしないところを含めて最高よ! デザインは任せて頂戴!!」
私達は固く手を握り頷きあった。コルセットからの脱却……これは勝ったな!
 









