乙女たちの恋話
夜、寝支度を整えてから私はマリーアンヌの寝室に上がり込んだ。マリーちゃんはいつも私を笑顔で受け入れてくれる。好き。
「今日はどうだったの? カナン」
「サインしてきた。あのね、思ってたより悪くないなって思ったよ」
「あら、よかった。前向きになれるのはいいことだわ」
「うん」
下ろした毛先を弄びながら、マリーアンヌの柔らかい声を聞く。うん、やっぱり悪くない。
「あのね、私が王太子妃になったら、マリーちゃんの後ろ盾になれるんだって」
「…………カナン」
マリーアンヌは固い声を出し隣に腰掛け、私の両手をそっと握りしめた。少し眉根をよせ、真剣な瞳で私を見つめる。
「フェリクス殿下に何と言われたか分からないけれど、カナン。わたくしは大切なあなたを利用するつもりなんてないわ」
「確かに殿下が教えてくれたんだけどね。私、それがいいなって思ったんだよ。私はマリーちゃんの願いのために、利用できる私がいい」
マリーアンヌが泣きそうな顔で繋いだ両手に力を込める。そんな顔しなくていいのに。どのみちもう婚約は整ったのだから、使えるものは使ったほうが得じゃんね。
「ね、王太子妃を上手に使ってね。私きっとそういうの上手く出来ないから、マリーちゃんが使って。一緒に社交界牛耳っちゃおうよ。私後ろでにこにこしてるだけだけど」
「…………わかったわ」
マリーアンヌは潤んだ瞳で笑みを浮かべた。覚悟の固まった彼女の顔は、いつもとても美しい。
「わたくしとあなたで、手中に収めましょう。遠慮なくあなたを利用するわ。ふふ、覚悟して頂戴ね、カナン」
「んふふ、どんとこい」
私達は微笑み合って結束した。私達ふたりなら、やってできないことは無い気さえする。待ってろ社交界、牛耳ってやるからな。マリーちゃんが。
「それにね、マリーちゃんと疎遠にもならないって、殿下が。マリーちゃんあと2年もしたら結婚しちゃうじゃん。会えなくなるの、嫌だなって。……あのね、私が考えてなかったことを教えてくれたよ。私のためになること。めちゃめちゃ頼もしいね」
「そう……信頼し合えそうなのね。よかったわ、カナン。本当によかった」
「うん。やってけそうな気がしてるよ」
マリーアンヌは安堵したように笑みを深める。きっと大丈夫だ。殿下は私に、無茶なことを要求しないと思う。むしろ私の利点を考慮してくれている。愛はまだ芽生えていないけれど、お互い前向きなのだからそのうちどうにかなるだろう。
『愛』と考えたところで、殿下との会話を思い出した。
「ね、ヴァルモン卿の愛めちゃめちゃ重いじゃん。マリーちゃんは怖くならない?」
「ギルバート様の愛を、恐ろしく思ったことはないわ」
マリーアンヌは透き通った瞳できっぱりと言い切る。彼女は心の底から、恐ろしくなどないと思っているのだ。
「わたくしはきっと、そんな愛でなければ満足できないもの。全てを捧げる程の、互いを縛り合うような愛でなければ嫌。不安になってしまうもの。……ふふ、わたくしは我儘ね」
「そっか……」
そっかあ〜……まあメルクール家の愛が重めだもんなあ。もうこれは最適とか適正とかそういうものなんだろう。丁度よくてよかったね。
「わたくしのためにヴァルモン家の後継ぎを蹴ると言い切って下さったときに、この方の愛を知ったわたくしはもう他を選べないと思ったの。わたくしはあの方に愛されて、とても幸せよ」
マリーアンヌは、セオドアとオリバーが生まれるまで長い間メルクール家の後継ぎだった。ギルバートも一人息子で、双方後継ぎ同士の恋愛だったのだ。恋愛というか、ギルバートがクソ重愛に落ちたんだけど。
ギルバートはマリーアンヌでなければ嫌だと悲憤慷慨し荒れに荒れた。ご両親に婿に行くから養子を取れと言い切ったらしい。いやまじで愛が重いじゃん。マリーちゃんはそんなギルバートにキュンしちゃったのだ。私は嫉妬されて絡まれてくそうざかったけどな。
セオドアとオリバーが生まれて、双方ともに心底ホッとしたことだろう。上位貴族の重要な役割は、『勇者の血筋バンク』だ。だから王家との婚姻が推奨されるし、嫡出子が後を継ぐことが何よりも優先される。唯一の後継ぎが家を捨てて他家に婿に入るとか、お家騒動なのよ……嫡子のいる公爵家が簡単に養子をとれるもんじゃない。あいつそうしろって暴れたんだけどな。
またマリーアンヌもギルバートでなければ嫌だと言い切ったものだから、あの時の大人たちは皆頭を抱えていたと思う。お産を終えた伯母様が、猛者の顔で「マリーアンヌ、嫁に行きなさい」と言ったのを覚えている……めちゃめちゃ怖くてめちゃめちゃかっこよかった。伯父様は娘が婚約とかそんな感傷を抱く隙も与えられず、「そうしなさい」と諦観していた。
「……ハー、のろけられた」
「ふふ、たくさん聞いて頂戴」
いやあ……やっぱ私は重い愛が怖いですね……そういった面でも殿下と価値観が一致してよかったんじゃないかな、と思いながら、私は楽しそうなマリーアンヌの惚気け話を夜が更けるまで聞き続けた。
メルクール家の愛もやっぱ重いわ。









