第一回婚約者会合 私が得るもの
「さて、私の望みばかり話してしまったが、あなたの利点についても話し合おう」
「て言ってもさあ、正妃ってあれじゃない? 派閥とか、社交界をリードとか、そんなんしなきゃなんじゃない?」
本気でやれる気がしないんだけど。まず語彙がないぞ。流行とかも作れる気がしないし。
「いや、それは今まで通りマリーアンヌ嬢に任せればいいだろう」
「ええ……やらなきゃいけないことマリーちゃんに押し付けるみたいなの嫌なんだけど……」
「マリーアンヌ嬢は、誰が王太子妃になろうとギルバートのために最大派閥を掌握するだろう。それが彼女の望みで、長年目指してきたもののはずだ。彼女の最大の障害となるものは王太子妃……つまりあなただ」
私が、マリーアンヌの障害に。殿下の鋭い視線に、ごくりと喉がなった。だが、と殿下は視線を和らげ言葉を続ける。
「あなたはこれまで通り、彼女の後ろで微笑んでいるといい。彼女を誰よりも信用していると。そうすればあなたは、何よりも強い彼女の後ろ盾となれる」
障害ではなくね、と殿下は言う。今までマリーアンヌに守られてきた私が、ただ今まで通りマリーアンヌが大好きで信頼しているというだけで、彼女の願いを叶える助けにも、行く手を阻むものを払う力にもなれるのか。うん、私があれこれと余計な口出しをするより余程良い。私はただ彼女を応援し、守りたい。
「社交界の頂点がいがみ合わず助け合えるのは、私にとっても望ましいことだ。あなたとマリーアンヌ嬢との仲が裂かれるとしたら、その可能性はただ1つ、私がギルバートへの対応を誤った時だろう」
私とマリーアンヌが仲違いすることは想像できなかった。しかし、夫同士が敵対すれば。そうすれば否が応でも、彼女との関係は絶たれてしまう。そしてそれは、メルクール領にいても同じなのだ。メルクール家とヴァルモン家がずっと利益相反しないとは、限らない。私は膝の上で手を握りしめた。
「だが彼の譲れない点はわかりやすい。私は、あなた達の友情を守る為最大限努力し続けると約束する」
まあギルバートの一番の望みなんてマリーちゃんしかないからな。多少の無茶振りをしたところで、マリーアンヌといちゃいちゃできる休暇あげるよ! とかでいけそうだもんな。
それに、と私は目の前の人に視線を送る。そういう点において、殿下は誰よりも頼もしく見えた。ギルバートなんてチョロいと思う。いや、あれはあれで有能らしいんだけど、それ以上にマリーアンヌ馬鹿なんだもん。殿下はギルバートを上手く扱いそうだ。
「…………そっか、うん。ありがと殿下」
「当然払うべき努力だよ。それと、あなたが得られるマリーアンヌ嬢絡みの利点はもう一つある。あなたは恐らくお父上の地盤を固めるための結婚をメルクール領内で行う予定だったのだろうが――」
惜しい! 確かにメルクール領内で結婚するつもりだったけど、志はもっと低い。実家の威光にあやかれる結婚をするつもりだったからね!
「マリーアンヌ嬢は結婚後、主に王都で暮らすことになる。ギルバートはこのままお父上の後を継いで財務卿となるだろうからね。身分が変われば会うことも難しくなる。領地が違えば尚更だ。だが、王太子妃となれば話は違う。あなたは王城に住むこととなるし、どこに赴いても歓待される立場となる」
「ほほう、つまり、マリーちゃんと疎遠に」
「ならない」
「いいですね」
いや、いいですね。私が子どもの頃淑女教育から逃げ出せたのは、『帰ればいつでも会える』という保証があったからだ。ずっと手紙を送り合っていたし、年に何度も会うことができた。……何年も、ずっと会えない、運が良ければ会えるかもしれない、という関係になるのは、とても寂しい。
「殿下と婚約してよかったと思ったかもしれない」
「ははは、それは良かったよ」
いや意外といいな、王太子妃。夫となる人が頼もしいのもとてもいい。かなりやってける気がしてきた。
「それと、もう一点今日話をしておきたいことがある。機会が来たんだけどね、君にドレスを贈りたい。結婚式のドレスだ」
「いやはやない?」
「早くはないよ、遅いくらいだ。王太子が帰国するや否や、矢継ぎ早に婚礼が執り行われるのが慣例だからね」
忙しないな。布やら何やらが用意されているわけだ。きっと旅で仲を深めた前提で全てが進むのだろう。
「君は宝飾品についてどう思う?」
「……綺麗だけど値段のこと考えたら触りたくもない……ガラスとかでよくない?」
「……他には?」
「他……資産価値的にはいいと思う。希少さが高まって寝かせとくだけで価格あがったら最高だよね……」
不労で増える資産には夢がある……そんな私に、なるほどなるほどと殿下は頷いた。
「ドレスについては?」
「めっちゃくるしい」
「確かに、苦しそうだ」
でしょ。めっちゃくるしいんだよ。座るとコルセット当たって痛いしさ。うんざりとする私を眺め、殿下は何か思案するように顎に手を当てて、しばらく黙ってから口を開いた。
「……王太子妃ともなれば、流行を作り出す側になる。あまり奇抜なものは急には受け入れられないだろうが、苦しさを和らげたドレスの流行を作っていけるかもしれない。結婚式は恰好の機会だ」
「えっあのコルセットから」
「解放されるドレスを、作っていける」
「最高か」
「次回はその道に詳しい人を呼ぼう。ドレスのデザインについて話し合いたい」
「わかった」
私は一も二もなく頷いた。この苦しさから解放されるのならば、努力を惜しまない。
「君が王太子妃に魅力を見つけてくれたようでなによりだよ」
殿下はそんな私に、楽しそうな笑顔を浮かべていた。