表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/22

あなたが望んでくださるのなら

 





 早い時間からマリーアンヌと同じコースでぴかぴかに磨き上げられた。軽食を挟み、休憩。コルセットをつける。ぐええ。昔はもっと締め上げたらしいけど、いや今でも十分苦しいし。正装するからやむなしだね……


 殿下から贈られたドレスに袖を通す。サイズはぴったりだ。ダンスのレッスン中に一度採寸されたから、あれがきっとそうだったのだろう。


「とても美しいね、カナン。似合っているよ」


 そう言って差し出された伯父様の手をとり、王宮へ向かう。王宮のエントランスホール、大階段の前で、殿下が私を出迎えた。


「待っていたよ、カナン嬢。さあ、どうぞ手を」


 伯父様の元から殿下のところへ。脳裏をよぎったのは、「売られる子牛」という言葉だ。いや別に売られてないんだけど。はあー……ダンスめちゃめちゃ気が重い……私は気力を振り絞り、曖昧な笑顔で背筋を伸ばした。


「あなたがそのドレスを着てくれることが嬉しい。とても似合っている」


 盛装した殿下はもはや神々しい。ドレスと共布のポケットチーフが胸元を飾っている。


「殿下よく2週間でこんなすごいドレス用意できたよね」


「最後まで私が誰かを連れ帰ると思われていてね。布やデザイン画、調整の効くところまで仕上げたドレスが用意されていたんだ」


 ああ〜、皆てっきり誰か引っ掛けてくると思ってたもんね。王太子妃受け入れ体制が整ってたんだね。


「その中から、一番似合いそうなドレスを選んだ。次は全てあなたのために選んだものを贈らせておくれ」


「まあ……機会があれば……」


 機会はまあありそうなんだけど、いやほんと、首と耳からぶら下げてるのとか値段考えたら怖すぎるんだよなあ……


 遠い目をする私をエスコートしながら、殿下は楽しげに笑っていた。




 §




「魔王の封印を祝して!」




 陛下の号令で祝賀会が始まった。ファーストダンスは殿下と、私だ。


「カナン嬢、私と踊ってくださいますか?」


 差し出された殿下の手に、笑みを深めて手を乗せる。


「よろこんで」


 よろこんで、と言うしかない。大丈夫だ。きっと殿下の足は丈夫だと思う。


 大広間の中央に導かれ、曲が始まる。私は殿下と手を取り合い、ステップを踏み始めた。


「イチニイサン……イチニイサン……」


 周囲に聞こえないように、小声でリズムを刻み続ける。殿下には聞こえているが、もういいよ、殿下もう私の性格知ってるし。


「――カナン嬢」


「今話しかけんで。足踏むから」


 なんとか笑顔を作りながら必死に足を動かす私の言葉に、殿下はふふと笑い「踏んでいいから、そのまま聞いて」とこたえた。言ったな? 本当に踏むぞ。


「先日、あなたのお父上にお会いしてきた。婚約の了承を頂いたよ。陛下からも、メルクール侯爵からも許可を貰った」


 殿下のとんでもない発言に、度肝を抜かれて足がもつれた。ぐらりと傾ぐ体に、アッこけるな、と思った瞬間、殿下が私を支えくるりと回る。体が浮いて回転する。後ろの裾(トレーン)が靡いて広がる。


「あとはあなたの許可(サイン)だけだ」


 音もなく私を地に下ろし、殿下は艶やかな笑みを浮かべる。音楽が止んだ。踊りを止めた私達に、何事か、と人々の視線が集まる。殿下が静かに膝を折った。




 私は今大広間の中央で、王太子殿下にひざまずかれている。




「私の運命の『清らかな乙女』、どうか私の()()となってください」


 あまりに詰めが早い。気軽に往復できる距離じゃないぞ、と思ったところで、眼前の御方の立場に気付く。


 ああー! 真なる勇者だもんね! なるほど聖鳥ね!! いやそんな私用で気軽に使うことある!?


 私は詰みを痛感した。勝てんじゃんこんなの。こんな人前でなければ側妃交渉あったのに……


 私は渾身の猫を被り恥ずかしげに微笑んだ。


「殿下が望んでくださるのなら……」


 もうこうなったら腹くくって居心地いい巣作りに挑も……まあいけるでしょ……たぶん……


 割れんばかりの歓声を浴びながら、私は遠い目をして殿下との関係構築に思いを巡らせた。


「あなたのその」


 立ち上がった殿下が顔を寄せ小さくささやいた。


「自分の利をなるべく得ようとする姿勢が好きだよ」


 私は驚いて目をしばたたかせ殿下を見つめた。




「かわいい」




 美しい(かんばせ)をほころばせそう告げる殿下に、私の顔は茹だるように赤らんだ。




 いやあ……いいように負けそうですねこれ……






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 無事(!?)ファーストダンスの大役を勤め終えたと思ったら、速攻で次の手が来ました。がっちり外堀も埋めてあるではありませんか。王太子殿下は、先手必勝こそが勝利への道だと思っていらっしゃるに違い…
[良い点] ウォォォォこんなんまた歌にされたり本にされたりするやつですやん! でも正直お父様方に婚約了承のお伺いにはそれこそ魔王ちゅどーんして帰城してすぐ動いてるんだろうなーとは思っていたので、できる…
[良い点] 強い……、あらゆる意味で王子がクッソ強い。 これが勇者か……
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ