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10/22

祝賀会に向けての日々

 





 その日から、地獄の特訓が幕を開けた。


「イチニイサン……イチニイサン……」


 レッスン用のドレスを身にまとい、かくかくと動きの硬い、どうしようもない出来のステップを繰り返している。無理だってこれ、祝賀会までにどうにかなるレベルじゃないって。


「イチニイサン……イチニイサン……」


 レッスン室の大きな鏡に映る私の姿は、まるでねじ巻きのからくり人形のようだ。ハハ、わろえる。


「………………カナン」


 曲が終わり、足を止める。私のダンスレッスンを見守っている伯母様が頭を抱えて声をあげた。


「華麗なターンも、優美さも求めません。せめてあと少し滑らかに。最初の一曲さえ乗り越えられればいいのよ。このままではあなた……人前でとんだ恥を……」


「ねえ伯母様、それより人前で殿下の足踏みつけそうなんだけど、どうしたらいい? どうにかなる? これ」


 練習相手を務めてくれた執事の足を踏みつけ続け、人と踊れるレベルではないという結論が出た。以来こうしてひとりでステップを踏み続けているが、いや、上達がなにひとつ感じられんね。


「…………なんとかするしかないでしょう。ロランが戻ったら、練習相手になってもらいます。あの人はリードが上手だわ」


「伯父様の足大丈夫かなあ……」


「殿下のお御足よりもよほど踏みやすいでしょう」


 伯父様の足は尊い犠牲となったのだ……伯父様かわいそう、殿下のために……


「あと筋肉痛で動けなくなりそうなんだけど」


「マッサージの用意はあります。なんとかするしかないのよ、カナン」


 そう言って、伯母様がスッと手を上げる。再び曲が始まる合図だ。私は姿勢を正し、深く礼をとった。


「……礼はきちんと見栄えがするというのに」


「これさえ出来たらだいたいごまかせるかなって思ったんだよね」


 礼の姿勢だけはきっちり練習した。私の体は礼に特化している。他に筋肉使うことしないので。後はまあなんとかなるでしょ精神がここにきて響いている。体うまく動かんもん。


「あなたという子は……最小限を目指すから今こんな事態になっているというのに……」


「まさかこんなんなると思わんじゃんねえ」


 誰一人予想だにしない事態だった。私はハハハと空虚に笑い、伯母様は眉間に手を当て深くため息をついた。


 曲が始まる。私は出来の悪いステップを踏み続ける。帰宅した伯父様の足は、犠牲になった。


 続きは明日となって解放された。使用人が、私の体を揉みほぐしながら「広場で『呪われた勇者とその呪いを解いた清らかな乙女』の歌を吟遊詩人が歌っておりましたよ」と教えてくれる。うそだと言ってほしい。早すぎる。ぜったい殿下が糸を引いてるでしょこれ。




 §




「マリーちゃんに見てもらいたい……」


「だめよ。マリーアンヌはあなたに甘いのだから、その酷いステップを『上手ね』と言って受け入れてしまうでしょう」


「甘やかされたい……」


 10日が経った。執事と伯父様の足は満身創痍で、私のダンスには多少の上達が見えた。上達レベルに対しての犠牲が大き過ぎる。


「足どうしても踏みそうなんだけど、伯母様どうしたらいい……?」


 1曲につき最低1回はどうしても踏んづけてしまう。気をつけてるんだけど、合わんのよ。リズムと足さばきが。


「……殿下ならば、多少踏んだところで動じずに流してくださるでしょう」


 えっ伯母様いま殿下の足踏んでいいって言った! 殿下の足踏んで! いいって!! 諦めた!!


「…………勇者だもん。足も頑丈だよね」


 きっとそう。殿下もきっと許してくれる。無理を押してやらなければいけないことはないって言ってたし。……まあギリギリまで頑張るけどさあ。頑張るけど、期日内に結果がでるとは限らないんだよなあ……


「失礼致します。王宮より、贈り物が」


「持ってきて頂戴。カナン、一緒に見ましょう」


 届いたのは、殿下からのドレスだった。殿下の瞳の色(ミントグリーン)の生地に、殿下の髪の色(ゴールド)の刺繍が施された、優美で上品なドレスだ。首元は詰まり、体の形に沿うようなレース刺繍が美しい。ウエストは細く絞られ、足の付根までタイトなラインを描いている。そこから下は裾に向けてたっぷりと布が広がり、後ろの裾(トレーン)が少し長くなびく様が優雅だった。ドレスに合わせた宝飾品もついてきた。うわ……こわ……いくらすんのこれ……か……返した〜〜〜い……


「これで踊るのよ、カナン」


「…………無理だってえ」


 後ろの裾(トレーン)ちょっと長いもん! 難易度上げてくるじゃん!! 伯母様も、ドレスを持ってきた執事も、私も。美しいドレスを前に頭を抱え、目を閉じた。まぶたの裏に浮かぶのは、美しいドレスの裾を踏んですっ転ぶ自分の姿だ。


 …………さーて、最後まで足掻くかあ〜。ハハハ。ハハ……




 練習を続け、ついに明日は祝賀会だ。わずか2週間で、歌も、噂も、王都全体に広まっていた。気付けばいつの間にか『勇者と清らかな乙女の結婚』は決定事項として扱われ、国を挙げての大祝賀モードとなっていたのだった……






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― 新着の感想 ―
[良い点] まったく登場しておらずとも存在感バツグンな殿下……良き…… [一言] やればできる子、頑張れ……!
[一言] 完全に外堀埋められちゃってるねぇ
[一言] きっとカナンちゃんのダンス下手なお話も殿下には筒抜けでしょうからね、足も当日に合わせて鍛えてると思います୧꒰*´꒳`*꒱૭✧
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