陛下も昔は殿下と呼ばれた
十年前、当時の国王陛下が病に倒れて身罷られた折、王太子である第一王子を押し退けて弟のハンフリート殿下を次期国王にと推す勢力の不穏な動きがあった。
それを素早く察知したハンフリート殿下はそれらの者への牽制と抑制の意味を込めて、遠い小国の王女のもとへ婿入りすることを決めた。
女王となる王女を支える王配としての才能を見込まれて相手国から強く乞われた話で、完全なる政略結婚だ。それでも顔合わせのために遠路はるばる我が国にお越しになった王女様を、ハンフリート殿下はたいそう大事にもてなし、ともに国を守っていくことを誓ったという。
この顔合わせのあとすぐ、二人の婚約は整った。
こちらの事情を鑑みて、この婚約から半年で結婚するということになり、諸々の準備と王女との親交を深めるためにハンフリート殿下は婚約から一月足らずで婿入り先へと赴いた。
しかし、幾日もかけてやっと辿り着いた矢先、自国へとんぼ返りすることになる。
伴侶となるはずの王女が、自身の護衛騎士と駆け落ちしていたのだ。
ただの駆け落ちならまだ良かったが、王女は護衛騎士との子を孕っているという。二人は乳兄妹で幼い頃から想い合っており、一緒にいられないのなら死すらも覚悟するという王女を説き伏せることは、誰にも出来なかったそうだ。
静かに話を聞いていたハンフリート殿下はさして怒りもせず、そちらの事情は理解したので一旦国に持ち帰ると言って、帰国した。
だが、国王が兄に代替わりしたばかりの自国にハンフリート殿下の居場所があるはずもなく。
小国とはいえ王配として迎え入れられるはずの王女との婚約が白紙となったハンフリート殿下のことを、優秀な第二王子の帰国に自分たちの足元を掬われまいとした輩が、返品王子と揶揄しだした。
護衛騎士に寝取られ、返品されたのはハンフリート殿下に何か落ち度があったのではないか、人として何か重大な欠陥があるのではないか、と陰で囁く者も現れた。
陰で、とはいうが貴族社会は噂を主食とする魑魅魍魎が跋扈する世界。
国のためにと向かった先で裏切りに遭い、帰国してもなお、心ない者たちによって貶められる。
一部始終を見聞きしていた私は、幼い頃から想い合っていたのならなぜ婚約する前に駆け落ちしなかったのかと、王女の不誠実さに憤った。そして、第一王子派の連中や散々媚を売っていたのに掌を返した連中にも激しく憤り、塔は大いに荒れた。
だから、この私がハンフリート陛下を返品などとそんなこと、絶対しないし、誰にもさせない。