執事が主に呼びつけられる
フリートさんは、まだ本調子ではないのだろうか。
夜着の袖口と踝から少し上がったところで揺れる裾をかわるがわる見ながら、隣の部屋の住人に思いを馳せる。
あの、西の塔での名乗りの儀の翌日から、いつもと変わらぬ様子を見せてはいたけれど、本当は鬱屈した気持ちを抱えたままだったのだろうか。
細かな部分まで完璧なフリートさんの仕事とは思えぬ夜着の状態に気づいてしまい、どうしたものかと考えあぐねる。
私が今、黙っていたとして。
早晩、フリートさんはこのことに気付くだろう。
その時に私が、気付いていたにも関わらず黙っていたということが、バレたとしたら……。
まず、平身低頭、なんなら地に頭をつけて謝られた上で、この償いは、とか、お咎めは、とか言い始めるに違いない。
そして、何かあれば何でも仰ってくださいと申しましたのに、と悲しそうな顔で言われる。
信用されていないのですね、と私の脳内フリートさんも肩を落としている。
うん、今すぐ、言おう。
どう転んでもフリートさんの気が落ち込むのなら、被害は最小限に抑えたい。
そうとなったら、今こそこれの出番だ。
フリートさんが執事になったその日に、寝台の傍の台に置いてくれた、陶器でできた呼び鈴を持ち上げる。
御用の際はご遠慮なくこちらでお呼びつけください、と言ってくれたことを思い出して、遠慮なく左右に振ると、チリリリリン、となんとも可愛らしい音が鳴る。
果たして、こんなにか弱い音色で隣の部屋にいるであろうフリートさんに届くのだろうか。
「失礼致します。トゥワ様、いかがされましたか?」
「フリートさん、よくあの音が聞こえましたね」
さすがすぎて、もうここまで来ると驚くことが申し訳なくなってくる。
「その呼び鈴は音で呼ぶものではなく、トゥワ様が手に取られたことによって、こちらが反応する仕組みになっております」
こちら、とフリートさんが胸元から取り出したのは、なんだか見覚えのある、鍵。
それは、私の部屋の、鍵?
「呼び鈴でトゥワ様の神気を感じ取り、鍵に伝える仕組みになっております」
「フリートさん、それ、私の部屋の鍵、ですよね?」
「はい。不測の事態に備えて、呼び鈴の番に使わせて頂きました」
不測の事態?呼び鈴の番?と疑問は尽きないけれど。
「フリートさん、それを、どこで?」
久しくお目にかかっていなかった我が根城の鍵を目の当たりにして、首を傾げる。
塔の中には私の承認がなければ立ち入れないようにしているし、部屋に鍵をかけるという習慣がないので、なくても全く困らないのだが、なんとなくその行方は気になっていた。
「辺境で、トゥワ様がお倒れになる前に託されたものです」
ああ、あの時の。
辺境で、塔から離れて活動する限界を超えそうになった時に地鳴りが聞こえてきて、朦朧となりながらも神術で災いを抑えるために、フリートさんもとい、ハンフリート殿下に後のことを任せたことがあった。
私の部屋の鍵を持っていれば塔への出入りも可能となるから、それこそ不測の事態に備えての行動だったのだろうが、託された方からするとたまったものではなかったのだろう。
当時のことを思い出したのか、フリートさんの瞳が翳っていく。
これは良くない。
フリートさんから漂ってくる不穏な空気を感じて、当初の目的を遂行しようと声を上げる。
「フリートさん、これをご覧になってください!」




