執事と守人たちのお茶会③
「私のことは、トゥワと呼んでくださいね」
トオルの微笑みにうずうずする手を抑えながらなんとか平静を装って言ってみたものの、フリートさんには動揺を見透かされていたようで、その膝の上に抱き上げられてしまう。
給仕を終えたフリートさんはずっと私の背中を支えるように背後に控えてくれていたのだが、トオルの反応に身悶え震えたのを体調が悪いと勘違いされたのか。
辺境での野営時はいつもこの状態だったので胡座の上に座すのは慣れているとはいえ、トオルの先達としてさすがに幼子のような格好はいかがなものかと膝から降りようと試みるも、抵抗虚しくがっちりと抱え直される。
やんわり諭すように、回された腕を撫でながら引き剥がそうとすれど、びくともしない。
これではまるで拘束ではないですか、フリートさん。
何を警戒しているのかは分からないけれど、不穏な空気を醸し出すフリートさんの腕から抜け出ることは早々に諦めて、さぞや呆れているだろうとトオルの方に向き直ると、目の前で繰り広げられる私たちの攻防戦などお構いなく、トゥワさん、と小さく口ずさんでいた。
もう誰だ、こんなに素直であどけない者を守人として連れてきたのは。私の心を鷲掴みじゃないか。
西の塔の目利きに文句のような賛辞を贈りつつ、そろそろ本題に入らなければと、姿勢を正す。
「トオルはどうして、名乗りの儀を行わなかったのですか?」
せっかく和やかになった空気に水を差すようで心苦しいが、名乗りの儀が滞っているが為にここに来たのだから、聞かずにはおれない。
塔に召喚された者が守人として行う初仕事である名乗りの儀は、時の国王陛下の挨拶に守人が応える形でこの地を治める者と守る者が互いを認識し、その二人とこの地が結ぶ契約のようなもので、塔の守人ミナレットとなるには必要不可欠なものだ。
名乗りの作法や台詞は考えずとも頭に流れ込んできて勝手に体と口が動いてくれるから、儀式といってもそう難しいものではない。
守人としての役を受け入れ、顔見せをし、この地に足をつけて名乗る、それだけ。
塔に連れられて来たとはいえ、トオルとてその呼びかけに応えたのだから、守人としての役は受け入れているはずなのだが。
「ごめんなさい」
「別に悪いことをしたわけじゃないのだから、謝らなくてもいいんですよ」
「国王様の挨拶も、歓迎してくれているっていう声も聞こえて、名乗り、しなくちゃいけないのは分かっていたけど、僕はこの部屋から出たら病気になってしまうから。顔を見せて、地に足をつけることが、どうしても出来なくて」
本当に申し訳なさそうな顔をして項垂れるトオルのその表情を見る限り、外に出られないだけで、名乗りを行う意思はあるようで、安心する。
「この部屋が地下にあるのにも、何か理由が?」
「目と肌が、太陽の光に弱くて」
ああ、やはり。
この地下室を見た時から薄々感じてはいたことだが、トオルは前の世界の感覚に引き摺られ過ぎている。
どうやら病弱だったらしいトオルは、自分がまだ前の世界にいた時のままの体だと思っているようだが、この世界に来た時点で、私と同じように外からの干渉を受けない体になっている。
目も肌も太陽の光に弱いなんてこともなく、外に出たところで病気になることなどあり得ない、けれど。
その体に宿る心は今も、向こうの世界の真っ白な部屋の中から抜け出せないでいるのだろう。
いつかは心が体に追いついて、ここから出られる日が来るかもしれないけれど、今はまだ……。
「では、ここで名乗りの儀を執り行いましょうか」
「えっ?」
私が名案を発すると、前からも後ろからも、仲良く同時に驚きの声があがった。




