執事は栗毛が気になります
何度も言おう、塔の守人の朝は、遅い。
王宮の西に新しい塔が顕現した今となっては、有事の際にいの一番に起きねばならぬこともないのであるからして、私が睡眠をどれだけ貪ろうとも私の自由、なのだが。
「トゥワ様、おはようございます。お目覚めですか?お目覚めですね?でしたらそろそろお着替えになりまして、朝食をお召し上がりくださいませ」
寝台を覗き込むのは我が執事、フリートさん。
相変わらず、朝から一分の隙もございませぬ美丈夫っぷりですね、とは口には出さないが、至近距離で見上げるにはちと眩しい御尊顔だ。
目を細めながら、フリートさんが用意してくれた水桶で顔を洗い、鏡台の前と腰掛ける。
「おはようございます。今日も朝からご苦労様です」
ここでやっと朝の挨拶を思い出したのだが、嫌味など一欠片もないはずの私の労いの言葉に、櫛を手にしたフリートさんが気色ばむ。
「苦労など何一つとてございません。こうしてトゥワ様のこの滑らかな栗毛に櫛を通させて頂けること、無上の喜びにございます」
あ、そっちでしたか。
朝から、の方が気になったのではなく、苦労、の方だったんですね。
国王時代が嘘のような、というかあれは仮初の姿だったのだなと納得するような、辺境時代そのままのフリートさんの相変わらずな揺るがなさに、大人しく髪を漉かれながら、ついうとうとしてしまう。
私の髪はここに来てから一度も切ってはいないのだが、ここに来た時と同じ長さを保っている。理由は分からないが、身長を含めた見た目全てがここに来た時のまま保たれるのが塔の守人というものの仕組みなので、そういうものだと理解している。
きっと切ってもすぐ元の長さまで伸びる腰まで垂れた栗毛が邪魔で雑に纏めていたのだが、なぜかそれを嘆いたフリートさんに髪を漉いてくれるようになった。
あの素晴らしい朝食を頂いたあと、実は辺境時代から国王時代を経てずっと気になっていたのですが、と打ち明けられた。
それは申し訳ないことをしたと思ったので、毎日有り難く髪のお世話をしていただいている。
「たまには髪飾りなどいかがですか?トゥワ様の瞳と同じ色の石のついたこちらなど」
うとうと閉じかけた目の前に、フリートさんの手が差し出された。
髪の手入れはともかく、さすがに髪飾りまではと思いつつ見れば、深い紫色の石が横に五つ並べられた櫛飾りが乗せられている。
私の紫紺の瞳に、とても近い色だ。
天然ではなかなか見当たらないこの色の石をどこでこんなに。
石への彩色技術が知らないうちに進んで人工のものである可能性もあるけれど、それにしてもこんなに深い紫色は出しにくい。
こんなものよく手に入りましたね、と感心すればいいのか、こんな希少なものを私なんぞに、と諫めればいいのか、判断に迷うところではあるが。
「じゃあ、たまには」
珍しい石に絆されてしまった感はあるけれど、了承の意を告げれば背後から嬉しそうな気配が漂ってくる。
あまりにも嬉しそうなので、釘を刺しておくのも忘れない。
「たまにはですからね、たまには」




