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Fight16:破戒の柔道家

「……!!」


 ゴールドメダルは倉庫街を進んだ先、廃工場の一つにあるようだった。そして……マーカス達が着いた時にはもう終わっていた(・・・・・・)。人の悲鳴が聞こえて、マーカスとリディアが急いで廃工場の中を覗き込むと、茶髪で大柄な白人の男が、『敵』と思しき男の襟を掴んで宙吊りにしていた。そしてそのまま凄まじい勢いで背負い投げ(・・・・・)を決める。


 成人男性の身体がまるで布切れのように振り回されて、受け身も取れずに顔面から地面に叩きつけられる。顔面が潰れて首の骨が折れたらしく、男は痙攣してすぐに動かなくなった。あれは即死だろう。


 生の殺人(・・)を眼前で見せられたリディアが青ざめて悲鳴を押し殺す。周囲には他にも2人程『敵』の死体が転がっていた。


 『敵』を殺して排除した白人の男は、すぐに重機の上に置いてあったゴールドメダルに気づいてそれを取り上げる。先にメダルを奪われてしまった。だがこのゲームのルールでは強奪(・・)も可能なはずだ。このまま奴を逃がす訳にはいかない。



「待て、そいつは俺達のものだ。渡してもらおう」


「……!」


 男は初めてマーカス達に気づいたように向き直った。その男の腕章の、そして端末が示す番号は『9』。オランダ人の柔道家、パトリック・ハルデンベルグとやらだ。


「何だ、お前。そう言われて渡すと思うか? これは俺のものだ!」


 パトリックは激しく威嚇してきた。まあ当然こうなるだろう。そしてもう一つの予想も当たった。パトリックがリディアの方に視線を向ける。


「しかも何だ、女連れだと? その女が昨日のステージ1をどうやってクリアしたのか疑問だったんだが、これで謎が解けたぜ。このナンパ野郎が」


「貴様と一緒にするな。当然貴様が素直に渡すとは思っていない。であるならやる事は一つだろう?」


 パトリックの野卑た視線からリディアを守るように間に割り込んだマーカスは構えを取って闘気を漲らせる。それを受けてパトリックも歯をむき出しにして腰を落とした体勢になった。ここからは待ったなしだ。マーカスは再びリディアを後ろに下がらせると、自分からパトリックに仕掛ける。



 パトリックは逃げずに両手を広げて迎え撃ってくる。奴は柔道家なのでどのような戦術で来るかは大体予想がつく。試しに踏み込んでジャブを放つ。すると奴はそのジャブを放った腕を捕まえようとしてきた。


 案の定だ。マーカスは即座に腕を引っ込める。すると今度はパトリックの方から向かってきた。やはり両手を広げるような姿勢で、こちらを掴む気満々だ。だがそう来る事は予想できていた。


 マーカスは敢えて拳を使わずに、低い姿勢からローで奴の脛の辺りを狙う。鈍い手応えがあってパトリックが一瞬動きを止めたが、すぐに再びこちらを掴もうとしてくる。雑魚なら今の一撃だけで完全に怯んでいたはずだが、その辺りの耐久力は流石だ。


 当然捕まる気はないマーカスは、どんどん後退を続ける。幸いというかここはリングの上ではない。フィールド自体は無限にある。勿論その代わり地形やオブジェクト、散乱物などに気を配らねばならないが。


 マーカスは掴みかかってくるパトリックと距離を保ちながらローキックでの応戦を続ける。


「こいつ……!」


 苛立ったパトリックが拳を固めて殴りかかってくる。打撃は素人とはいえ、その筋力や握力などは鍛え抜かれているため決して油断はしない。


「ふっ!」


 だが攻撃のチャンスではある。マーカスはスウェーでパトリックの拳を躱しつつ、カウンター気味にジャブを何発か打ち当てる。奴の顔面にヒットするが、流石にその程度では怯まない。再び振るわれる拳を躱して今度はローキックを打ち当てる。


 掴みにさえ注意を払っておけばそこまで怖い相手ではない。このまま押し切れると踏んだが、ここで奴が予想していなかった行動に出た。



「クソが……!」


「……!?」


 なんと奴はマーカスを無視してリディアにターゲットを変えると、彼女に向かって両腕を広げて迫っていく。リディアはこの状況で自分が狙われるとは思っていなかったらしく、驚愕に目を瞠って青ざめる。しかしそれでも逃げずに構えを取って迎え撃とうとする。だがどう考えても無茶だ。



「ちぃ……!」


 マーカスは舌打ちしてパトリックを止めるべく追随する。幸いというか奴は脚にダメージを負っているのでその動きは鈍い。追いつく事は出来るはずだ。しかしここでパトリックがさらなる予想外の行動に出た。というより恐らくそれ(・・)を狙っていたのだろう。


 奴が唐突に再び向きを変えて、マーカスに掴みかかってきたのだ。マーカスは全力で追い縋っている最中であったので咄嗟に制動できなかった。


「……!?」


 恐らくリディアを狙う行動は囮だったのだ。それによってマーカスを誘き出して捕まえる作戦だったのだろう。そしてそれは見事に功を奏した。パトリックの手がマーカスの服を掴んだ。


「ち……!!」


 マーカスは舌打ちして咄嗟に奴を殴りつけるが、パトリックは鼻血を噴き出しながらも手を離す事はなく、万力のような握力と膂力で引き寄せてくる。


「捕まえたぞ、この野郎!」


「……!」


 奴は抵抗するマーカスに構わず強引に投げを決めてくる。背負投げではなく、抵抗する相手にも決めやすい払い腰と呼ばれる投げ技だ。マーカスの視界が反転する。


「ぬぐ……!!」


 地面に叩きつけられたマーカスが呻く。辛うじて受け身は取れたが、流石に腕利きの柔道家だけあってただの払い腰でも相当の威力だ。一瞬肺の空気が絞り出された。


 苦痛を押し殺して即座に離れようとするが、当然一度得た優位をパトリックが手放すはずがない。


「逃がすか! もうこっちのモンだ!」


 奴はそのまま寝技の体勢に移行してくる。柔道家相手に組み敷かれたらおしまいだ。


「ち……離せ!」


 マーカスはパトリックに肘で殴りつけるが、寝た状態でしかも密着している相手では大した威力も出せない。パトリックは歪んだ笑みを浮かべながらマーカスの腕を捕らえて、腕ひしぎを極めようとしてくる。




「マーカス!?」


 マーカスの危機にリディアは青ざめるが、密着して激しく揉み合う男二人に手を出しあぐねて歯噛みする。下手をするとマーカスを蹴ってしまいかねない。


(でも……このままでいいはずがないわ!)


 彼は彼女を助けようとしてパトリックに捕まったのだ。ならば彼を助けるのは自分しかいない。リディアは覚悟を決めた。


 幸いというか柔道などのグラップリング格闘技は一対一では滅法強いが、基本的に複数人相手を想定していないという弱点がある。そこを上手く突けばリディアでもマーカスを助ける事は出来るはずだ。


「マーカス、動かないで!!」


「……!」


 なるべく通る声で叫ぶ。彼が本能的に抵抗して暴れると却って助ける事が難しくなる。だが自分に極め技を仕掛けてくる柔道家に組み敷かれている状態で、抵抗を完全にやめて動きを止めるというのは非常にリスキーだ。 


 マーカスがリディアを信頼してくれるかどうかに全てが掛かってくる。果たして彼は…………完全に動きを止めて暴れるのをやめた。彼はリディアを信用してくれたのだ。



「馬鹿め!」


 一方でパトリックはマーカスが余計な抵抗をやめた事で、当然喜び勇んで関節技を極めようとしてくる。マーカスは抵抗をやめているので今なら簡単に極められる。だが……


「ふっ!!」


 リディアはショートパンツから露出したしなやかな脚を限界まで振り上げ、渾身のローキックをパトリックの顔面(・・)に蹴り込んだ!


「ゴガッ!!?」


 女性はどうしても男性に比べて筋力面で劣る。特に上半身の筋力は男性の7割程度と言われているが、下半身……つまり脚力に関してはその限りではなく、男性と比べても8~9割程度はあるとされている。


 男性格闘家には劣るものの女性としては相当に鍛えられたリディアの、ましてやコンバットブーツに覆われた蹴りが鼻面にめり込んだパトリックは一瞬意識が飛んで、激痛のあまりマーカスに対する寝技を解いてしまった。




「……! すまん!」


 マーカスはその隙に転がるように離れてから素早く起き上がった。パトリックに極められていた腕に鈍い痛みが走ったが、今は気にしている暇はない。奴が遅れてヨロヨロと起き上がろうとした所に、その側頭部目掛けて渾身のミドルキックを叩き込んだ。


「……っ!!!」


 確かな手応えと共に蟀谷を割られたパトリックが白目を剥いて倒れ込んだ。もはや再起不能だろう。決着だ。



「ふぅぅぅ……終わったな。すまん、助かった」


 マーカスは息を吐いてリディアに礼を言う。柔道家相手に寝技に持ち込まれた時点でほぼ詰んでいたはずだ。リディアの援護がなければ負けていたのは彼だっただろう。だがリディアはかぶりを振った。


「気にしないで。そもそも私があなたに助けられてばかりなんだから、少しくらいは恩返しをさせて」


「じゃあこれでおあいこだな。今のうちにメダルを回収しておけ」


 リディアにそう言ってから、彼はその間にパトリックの端末を探しだしてパクの時と同じ『敗北』処理をしておく。終わると丁度リディアもメダルを回収し終えた所であった。これで2人ともメダルを入手できた事になる。後は帰るだけだ。

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