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Fight15:『初戦』

 マーカスは可能な限り急いでリディアの元に向かう。目的(・・)は正反対ながら同じようにリディアの元に向かっている他の選手との競争のようなものだが、互いの位置関係の問題か、はたまたマーカスがメダル入手を優先した為か、僅かに相手の方が早く到着しそうであった。


 マーカスは舌打ちしつつ移動速度を速める。やがて彼が辿り着いたのは島の中に作られた『街』の外れと思しき、複数の倉庫や工場の廃墟が立ち並ぶスペースであった。


 彼がその倉庫街に近づくと、何か逼迫した声のようなものが聞こえてきた。甲高い……女性(・・)の声だ。事は一刻を争うようだ。マーカスは走って現場に急いだ。


 倉庫街の駐車、搬入用スペース。そこにリディアがいた。そして……彼女と対峙する者もまた。


 アジア人……それも明らかに東洋系と思われる男だ。マーカスからすると東洋人の見分けは付けにくいが、その腕に巻かれている腕章の番号、そして端末に表示されていた番号は『14』。テコンドー使いで韓国人のパク・ヨンギョンという男だ。ニタニタと気色の悪い笑みを浮かべてリディアの肢体を眺め回している。



「そ、それ以上私に近づかないで! 只じゃおかないわよ!?」


 リディアは臨戦態勢になって精一杯の気迫を込めてパクを威嚇するが、奴はむしろ嬉しそうに笑うと無遠慮に彼女に近づいていく。リディアは青ざめて、それでも奴を迎え撃とうと構える。


 他の選手達にも言える事だが、性格的にはクズでも昨日のステージ1を単独で危なげなく突破している実力は本物だ。それだけに尚更たちが悪い。躊躇っている暇はない。マーカスは決意を固めると一気呵成に隠れ場所から飛び出した。


「……!!」


 横合いから奇襲を掛けたものの、パクは一瞬目を瞠ったがマーカスの奇襲を躱して飛び退った。やはりというかその身のこなしは昨日、そして先程も倒した雑魚共とは比較にならない。


「マ、マーカス……!?」


「下がってろ!!」


 視線はパクに固定したまま大喝してリディアを下がらせる。本来なら逃げろと言いたい所だが、この島という限定されたフィールドの中で、しかも端末によって居場所が筒抜けの状態で単身逃がしても悪手でしかない。リディアもそれが分かっているのか逃げようとはしなかったが、マーカスに一喝されて大人しく後ろに下がった。


「おい、今俺は非常に機嫌が悪い。俺の憂さ晴らしに付き合え。それとも雑魚か女としか戦えないか?」


「何ダァ、オ前!? ソノ女ハ俺ノ獲物ダ! 邪魔スルナ!」


 パクは訛りの強い英語で喚くとマーカスに敵意を向けてきた。どのみち潰し合いは避けては通れない。遅いか早いかだけだ。ならば今ここであっても問題ないはずだ。



「빌어 먹을!」


 韓国語で何か悪態と思しきものを叫びながらパクが打ち掛かってきた。こちらの側頭部を狙う軌道で大振りの蹴りが迫る。マーカスがガードのために腕を上げると、ヒットする寸前にパクの蹴りの軌道が変化した。


「っ!?」


 パクの脚はまるで独立した別の生物のように自在に軌道を変えて、マーカスの脚にローキックを打ち当ててきた。


「ぬ……!」


 彼が思わず怯んだ所に再びパクの鋭い蹴りが迫る。マーカスが反射的にガードしようとすると、パクの蹴りが再び変幻自在に軌道を変えた。今度はミドルキックの軌道が途中からハイキックに変わった。ガードが間に合わずにマーカスは本能的に上体を逸らすようにしてその蹴りを躱した。だが完全には躱しきれずに、奴の足先が頬を掠めた。


「ぐっ……!」


「マーカス!?」


 彼が呻きながら後退すると、リディアが悲鳴のような声を上げて駆けつけようとする。


「来るなっ!」


「……っ」


 再び大喝して彼女の動きを制止する。勿論その間にもパクから視線は外さない。マーカスとて元キックの選手であり足技を得意としているが、ここまで変幻自在のフェイントを使いこなす事は出来ない。同じ足技主体の格闘技でもキックとテコンドーではその性質がかなり異なるようだ。


 だが最初の一撃を受けた段階で、マーカスの中ではパクの弱点が見えていた。後はそこを上手く突ければ勝機を掴めるはずだ。とりあえず守勢に回るのは悪手だ。攻撃は最大の防御という精神で行く必要がある。



「むん!」


 彼は気合と共に、一直線にパクに向かって突撃する。


「바보!」


 当然パクは迎撃してくる。再び奴の蹴りがマーカスの側頭部を狙う軌道で振り抜かれる。マーカスはそれを防ぐために腕で側頭部をガードする。すると案の定というかパクの蹴りの軌道が変化し、がら空きであったマーカスの脇腹にクリーンヒットした。


「……っ!」


 強い衝撃にマーカスの顔が苦痛に歪む。だが……彼はそのまま動きを止める事なく突進を継続した。


「っ!?」


 パクの顔が驚愕に歪む。マーカスはその隙に奴の顔面目掛けてストレートを叩き込む。だが奴は間一髪のタイミングで両腕を上げて彼の攻撃をガードした。それによって直撃は防がれてしまう。やはり伊達に参加選手ではない。これまでの雑魚なら確実に今ので決まっていたはずだ。だが手応えはあった。


 パクの弱点は単純、その体重の軽さ(・・・・・)だ。マーカスは現役時代はクルーザー級の選手であったが、ストリートファイトでは厳密な階級分けなど存在しないので、遠慮なく筋肉を増量して現在は100キロ前後のウェイトを保っていた。


 パクの体重はどう見ても精々が70キロ台、つまりクルーザー級の最軽量クラスといった所だ。それにしては中々強烈な打撃であったが、マーカスの想定を上回る程ではない。奴のフェイントに惑わされてまともな受けがし辛いのなら、最初から食らう事を前提すればいいだけだ。


 彼は最初から覚悟を決めて、どの部位を打たれてもいいように筋肉を固めて突進していたのだ。その作戦は功を奏した。彼のストレートをガードしたものの体重の軽いパクは大きくよろめいた。マーカスは間髪を入れず追撃する。


「죽여줘!」


 パクは喚きながら、その片脚をほぼ垂直レベルに高く振り上げた。これはマーカスでも知っている技だ。人体で最も硬い部位である踵を武器として、振り下ろしの勢いを利用して鉄槌の如く叩きつける……踵落としだ。テコンドーではネリチャギという技名だったか。


 体重の軽いパクでも踵落としなら、マーカスも食らったら只では済まない。それくらいの威力はある。ただし……


(その技は得意のフェイントは効かんぞ!)


 威力は強いがその分軌道は単純な打ち下ろしだけだ。マーカスは両腕をクロスさせるようにして頭上に掲げた。直後に凄まじい衝撃が腕にぶつかり彼の身体を伝播した。


「ぬぅぅぅ!!」


 彼は歯を食いしばって衝撃に耐えた。……耐えきった。パクの目が驚愕に見開かれる。踵落としをガードされた直後という事もあって絶好の隙だ。マーカスはガードを解いて拳を固めると、全力のストレートを奴の胸部目掛けて打ち込んだ。


「ガッ……!!」


 手応えあり。パクは血を吐くように呻いて前のめりになる。マーカスはその頭部目掛けて渾身のハイキックを一閃する。硬い骨が折れるような鈍い手応えと共に、凄まじい衝撃に脳を揺らされたパクが白目を剥いて地に沈む。 


 マーカスはそれでも油断なくパクを見据えるが、うつ伏せに倒れた奴が動く気配はなかった。決着だ。初の選手相手の戦いを制することが出来たらしい。マーカスは構えを解いて大きく息を吐いた。



「マーカス、大丈夫!?」


 後ろに下がっていたリディアが駆けつけてくる。マーカスは自分の身体を改めながら頷いた。


「ああ、平気だ。あのくらいでどうにかなるようなヤワな鍛え方はしてないからな」


「……何故私を助けたりしたのか、もう理由は聞かない方が良いのかしら?」


「そうだな。答えは昨日と同じだからな」


「全く、あなたって人は……」


 リディアは昨日のように無駄に意地を張る事はなかった。良い兆候だ。昨日と同じ問答をするのは勘弁であった。マーカスは倒したパクの懐を漁って端末を抜き出した。メダルは持っていなかった。


 そしてパクの端末を操作すると"Defeeted"という項目をオンにした。すると端末の画面に髑髏のマークが出てそれがバラバラになって消滅する。これでパクは『脱落』だ。倒した選手の端末で必ずこの処理をするようにと事前にスタッフから説明されていた。



「こいつはメダルを持っていなかった。お前もまだ持っていないんだろう?」


「ええ、そうね。この先にあるメダルを目指していたのだけど、途中でこいつの接近に気づいて……」


 リディアがため息を吐きながら肯定する。マーカスはすぐに端末を確認する。確かにここからそう離れていない所にゴールドメダルがあるようだ。だが……


「……他にも向かってきてる奴がいるな」


「……!」


 言われてリディアも自分の端末を確認する。この先のメダルを目指していると思しき白点が確認できた。マーカスは既にメダルを所持しているので後はリディアの分だけだ。この白点の選手に先にメダルを奪われるのは避けたい所だ。


「俺たちも急ぐぞ」


「え、ええ!」


 リディアは戸惑いつつも頷き、2人はこの先のゴールドメダルを目指して進んでいった。

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