第8話 塔本家の人々③
「でもさぁ、ホーントに凄い決断だよねぇ」
祖父が去った後、開口一番たっぷりと皮肉と嫌味の入り混じった表情で詰め寄って来たのは母親の妹の娘、従姉妹の唯だった。確か苗字は小杉……だったかな。目が細くて釣り上がっているので、親族では秘かに「狐嬢」と呼ばれている。
「何が凄いの?」
何食わぬ顔で尋ねてみる。まぁ、何を言いたいのかは大体予測は付くが。コイツはある時を境に、顔を合わせる毎に対抗心を剥き出しして来るのだ。
「そりゃぁ、この格差婚ってやつがね」
ほら、来た来た。
「あー、それそれ。私も聞きたーい!」
「私も!」
こちらも従姉妹、母親の弟の娘たち。里香と利恵が待ってました! とばかりに身を乗り出して来た。ハトコの昇や武司も、いつの間にかこの席に近寄って来ている。その他、顔も覚えられない遠い親戚たちが、興味津々の様子で私を見ている。一族だけの集まりと言っても、恋人同士や夫婦、家族連れでやって来るから全く知らない人も沢山いるのだが……。瑠伽は作家としても有名だから、好奇心がそそられるのは理解出来る。だが正直言って、母親が言っていた由美子やら奈々とやらが何処の誰なのかよく分かっていないのが現状だ。対面して話せば思い出す奴もいるかもしれないが。
よって、普段付き合いがある訳でもないので。このように晒しモノにされた上、馬鹿正直に話に付き合う筋合いはないのだ!
「披露宴では、二人の馴れ初めは『幼馴染でずっと一緒にいるのが当然のようになっていて。自然の流れで「僕たち、夫婦になろうか」となりました』とか言ってたけど、本当?」
姉様、煽らないで下さい。普段は私の事、『哀れなポンコツ妹、一族の恥晒し』とか言って顔を見れば皮肉か嫌味ばかり言ってた癖に。こういう時だけ何なんですか?
「そこだよね、ここに集まった皆が気になるのはさ」
兄様も、何『この場の代表』みたいに仕切っている訳? 普段は私の事、『出来損ないの恥晒しだから出来るだけ出歩くな』とか言ってる癖して。
母様なんかこの場に連れて来たと思ったら、全体が見渡せる場所に陣取って傍観者と化しているし。最初から助けてくれるだなんて期待なんかしていないけどさ。
「ですよねー。あの瑠伽さんがこの真緒理なんかをさぁー」
唯はあからさまに馬鹿にしたように歪んだ笑みを浮かべ、ここぞとばかりに強調して来た。相変わらず馬鹿で下品な子だなぁ。フリルとリボンをふんだんにあしらったオレンジ色のドレスが、彼女のカラーリングを繰り返して傷んだ髪と同化している。あのね唯、そんな性格だから振られるんだよ。
うふふふふ、クスクス……あちこちで響く忍び笑い、明らかに私を蔑んだものだ。
しかし! ここで負ける訳には行かない!! もし私が皆に愛されるヒロイン体質なら、ここで男主人公とやらが、またはヒロインに想いを寄せているキャラが颯爽と助けに来てくれるだろうけれど。残念ながら私はモブキャラ体質の上に当て馬キャラだ。自分の身は自分で守らなければこの物語は終わってしまう。
さて、下腹に力を込めて、浅くなっていた呼吸を深く意識する。
……大丈夫、私は出来る! 私は大丈夫!!……
先ずは唯に視線を向け、真っすぐに見据える。ゆっくりと口角を上げて、声は普段より二オクターブほど低めに出す。
「それはつまり、瑠伽の洞察力に疑問を感じる、と言う意味かしら?」
目論見は大成功だ。私の声はややドスが効いた感じで辺りに響き渡った。同時に、忍び笑いがピタリと止む。引きつったような笑みを浮かべる唯。母を筆頭に姉と兄は高見の見物、という感じか。昔から我が家族は私に対して気分のままに接する。だから愛情を持っていないのを隠そうともしない。ある意味正直に接してくれていると言えるのかもしれない。
あぁそうそう、父親は最初からこのパーティーには参加していない。『やっと塔本家から片付いてくれたのだ。今後は本当に必要な時に顔を合わせるだけで良いだろう』との事だ。私も下手に関わりたくないから、父親の判断は有難いのだけれど、時々酷く虚しくなる。
「え? ど、どうしてそこに瑠伽さんが出て来るの?」
唯、声が裏返ってるよ。これしきの事で動揺するなんて小物過ぎだねぇ。そもそもこの唯が私に突っかかって来るようになったのは、当時……偶然同じ私立中学に通う事になったのだが……中二の時、唯が好きだった男子がどういう訳か私の事を好きだったらしく、告白したら振られてしまったらしい。その男子は私に想いを告げてくれたが、当時からずっと瑠伽一筋だったので丁重にお断りしてしまった。それ以来、唯は何かと私に突っかかって来るようになったのだ。面倒だから極力避けられない行事ごと以外、会わないようにして来たのだが……。
今にして思えば断ってしまって惜しい事をしたかもな、なんて思う時もある。だって爽やかイケメンという感じで、女子から人気あったし。何よりも私なんかを好きになってくれた非常に貴重な人だったから。例え思春期の熱病に浮かされただけだったとしてもその時くらいは、なんてね。
さぁ、サッサと片をつけよう。もう面倒だ。
「だってそうでしょう? こんな私なんかを選んだ瑠伽は何て見る目がないのだろうって意味でしょう?」
狼狽える唯を尻目に、私に群がる奴らに一人一人目を合わせていく。
「これは、公衆の面前で私を侮辱しただけでなく、遠回しに瑠伽をも侮辱した、という事に他ならないでしょう!」
キツい口調でハッキリと言い放った。決まり悪そうに視線を泳がせる奴、俯く奴、反応は上々だ。さぁさぁもう一息!
「あなたたち、瑠伽に近づいて良いコネクションを手に入れよう! と目論んでいるんでしょうけど、今度から態度と言葉遣いに気をつけて頂きたいわね。私はエスポワール侯爵夫人なの。私を軽視する事は夫の瑠伽をも侮辱する事に直結する事をお忘れなく!」
ここでサッと立ち上がって、もう一度奴らを見渡す。出来るだけ高飛車にこう言い捨てる。
「今回の皆さんの発言は、瑠伽に報告しておきますから」
気づけば会場は静まり返り、私に注目が集まっていた。ヴァイオリンの奏でる『G線上のアリア』が、切々と奏でられている。
立ち去ろうとしたその時、待ち望んでいた人の姿が目に飛び込んだ。黒のタキシード姿が、乙女ゲームから抜け出し美形王子様のように映える。彼は私を見るなり、蕩けそうな笑みを浮かべた。会場上の男女を虜にする必殺技の微笑みを。
「遅くなって御免、真緒理」
足早に、されどこの上無く優雅な所作でこの場にやって来た彼は、魅惑的なバリトンボイスを響かせた。
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