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第7話 塔本家の人々②

 背中や脇の下、髪の生え際にじんわりと嫌な汗が滲み出る。目の前に立ち並ぶ美味しそうな料理の品々をぼんやりと見つめながら、

 

 (……凄い糖質の塊だなぁ。まだまだ体質改善をはじめたばかりの瑠伽が食べたら、これまでの努力が水の泡になるから来たらどれをどのように食べたら良いか伝えておこうか。サラダは岩塩で食べて、飲み物はお水だな。ローストビーフと蒸し魚、刺身は食べても大丈夫。糖質の多い芋類、果物類、カボチャや牛蒡等はは避けて、揚げ物は極少量ならOK、と)


 等と現実逃避をしている。その料理は、私に親切にしているところをアピールして祖父の点数稼ぎをしようと、にわかに私の為に小皿に料理を盛って並べたイトコやらハトコやら遠い親戚やらの仕業であった。各界に未だに絶大な権力を誇る祖父に気に入って貰えれば、良いところに就職出来るかもしれない、という分かり易く見え透いた魂胆である。故に別に有り難くも何ともないが、最低限の礼儀として笑顔で『有難う』と告げておいた。

 

「真緒理や、漸く落ち着いてくれてワシは一安心だよ」


 満足そうに微笑む祖父を目の前にして、緊張を緩和する為にした対処方法である。これは私個人に限っての解決方法の一つなのだが。

 兄と姉に連れられて……いや、強制連行と言い換える方が良いかもしれない……やってきた場所は、やはり父方の祖父が座る隣の席だった。


 私の左隣には姉、右隣には母が位置している。「まるで姉妹みたい」と評される母と姉の華やかな美女に挟まれ、背後には……女性と見紛うような優し気な美貌で、結婚する前までは数多の女性たちと浮き名を流してきたモテ男、兄が立っている。加えて、目の前に群がるハイエナ……もとい、ハトコやたイトコやら遠い親戚やらの老若男女。

 賢明なる読者様なら、この状況が如何に胃にダメージを受ける状況なのかお察し頂けるだろう。


 「大変長らくご心配をお掛けしまして……」


出来るだけ優雅に、落ち着いて見えるような笑みを浮かべて応じる。


 「いやいや、お前を愛するが故の老いぼれの戯言だよ」


御年78歳。塔本源重郎とうもとげんじゅうろう、『政界の影のドン』という異名を持つ。若かりし頃はさぞかし女にモテただろう。痩せ型、長身、ピンと張った背筋と彫の深い顔立ち、獲物を狙う鷲を思わせる鋭い眼光の持ち主だ。白髪混じりの黒髪をスッキリと総髪にしており、一見……好々爺風に振る舞ってはいるが、その存在自体に威圧感が半端なく高い。纏うオーラがまさにラスボス的な畏怖を感じるのだ。江戸紫色の着物姿がよく似合っており、何となく……小夜子さんの父親の雰囲気に通じるものがあるなぁ、と秘かに思っている。初めて彼女の父親と対面した時は、祖父で慣れていて良かったなぁ、と……いや、今に集中しろ、自分!


 「とんでもない事です、いつも気にかけて頂いて恐縮でございます」

 

 うん、これは本心だ。兄や姉と違って取り立てて秀出たものが皆無なのにも関わらず、趣味と実益を兼ねた仕事を生業としてるのは祖父のお陰だった。思い切り祖父のコネを使わせて頂き、レジンや天然石、ガラス等を使用したアクセサリーショップを運営している。出店資金も祖父が出してくださった。従業員は私一人、余裕で独り立ち出来る程稼げているのも、祖父の一声でショップを頻繁に利用してくださる方々の口コミのお陰だ。


 「相手があの瑠伽君だったなら、もう心配無い。安心したぞ。お前と幼馴染だ、ワシもよく存じ上げておる」


 満面の笑みを浮かべる祖父に、少しだけ両親が痛む。


(本当は契約結婚です、そして瑠伽には生涯を捧げた恋人がいます、ごめんなさい、でも絶対に言えません)


 何だかんだ言って孫の一人である私を気にかけて下さる祖父の存在があったから、何とか塔本家でも日々過ごせて来たのだ。これは本当に有り難いし、私は恵まれていると思う。祖父のように、見てくれや能力だけで人を判断しない公平さと懐の大きさは、支配する側の大事な資質の一つなのだろう。


 そしてもう一人、私を気にかけて下さるのは……


「それで、瑠伽君とはどういった経緯で恋仲に……」


(あー、ついに来た、その質問……)


「あなた、その辺りで。真緒理も若い子同士で色々話したい事もあるでしょう」


 やんわりと祖父を遮りつつ、その右肩にそっと手を置いたのは上品なグレーの髪をしっとりと結い上げた薄紫色の着物姿の貴婦人、私の祖母である瑠璃子だった。ろうたけた高貴な女性、という表現がこれほど似合う人もいないだろうと思われる。彼女もまた、幼い頃から私を気にかけてくださった。二人とも敷地内の別邸に居を構えているから、たまにしか家には訪ねて来なかったかれども。それでも二人の存在は私に『生きていて良い、ここに居て良い』という「愛情と所属の欲求」を満たしてくれた貴重な存在だった。


 「おう、そうだな」

 

祖母は『夫は私に任せて』と私に微笑みつつ祖父を立たせ、その場を後にする様子だ。笑顔で祖母『有難う』とこたえる。


 「では、瑠伽君が来たら後で書斎に顔を出すよう伝えてくれ」


と私に声をかける祖父に、素早く立ち上がり会釈と笑顔で応じる私は、内心慌てていた。


 正直に言って、祖父と祖母に居て貰った方が未だマシな状況だったからだ。


「さぁて、聞かせて貰いましょうか!」


 母親の楽しそうな一言で、椅子から立ち上がって私の傍に集まる親類たちが腹を空かせたピラニアの群れに見えた。


 (もう勘弁してくれーーーーっ! 瑠伽、ヘルプミーーーー!!)


心の中で、悲痛の声を上げつつ営業スマイルの仮面という名で武装する。瑠伽の名誉と私たちの安寧な生活を守る為に、ここは無事に切り抜け無ければならない。


ここまで御覧頂きまして有難うございます。誤字脱字報告、感謝致します。

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