第6話 塔本家の人々①
燦然と輝くシャンデリアの元、うふふふふ、ほほほほほと優雅に笑いさざめく沢山の淑女。彼女たちに寄り添ってご機嫌を取る紳士たち。縦長の大理石のテーブルには色とりどりの果物が盛られ、見るからにジューシーなローストビーフやら、カラリと揚げられた白身魚や、新鮮な野菜のサラダ等が所狭しと並べられている。軽やかな音楽が流れて来るのは、プロの生演奏だ。今流れている曲はバッハの『ガヴォット』だったか。因みに、ピアノを演奏しているのは我が姉、ヴァイオリンは我が兄である。
大広間の中央で、紳士淑女がワルツを踊っている。夫婦だったり、恋人だったり、兄妹だったり、或いは互いに品定め中、またはお義理でなど、カップルの間柄は様々だ。毎回思うのだが……華々しく着飾った淑女のドレス姿が、広げた傘が裏に返されたワイングラスに見えるのは私だけだろうか。
いずれにしても、私が最も苦手とする社交界の場だ。これまで、家柄上避けて通れない場には仕方無く出向いて来たが、今も全く慣れない。
結婚式を終えて三日目。我が実家、塔本家が主催したパーティーに参加していた、いや「参加させられた」という表現が的確だろう。今回は一族繋がりの内輪のパーティーと言っても、軽く100人は越えている。
母や姉曰く……
「瑠伽君とはずっと仲良しだと知ってはいたけど、全然付き合ってるって感じじゃなかったじゃない?」
(そりゃそうだよ、だって付き合ってないもんね。しかも《《契約結婚》》だし)
「そう、それ。経緯は聞いたけど、ちゃんと詳しく聞かなさいよ」
(嫌です、母様、姉様。勘弁して下さい。結婚します報告の時、家族全員の前で瑠伽と説明したじゃないですか)
……と、正直に言えたら良いのだけれど。私と家族の関係はそこまで親しみのあるものではないから、愛想笑いでその場をしのぐ事が昔から多いのだ。
「叔母様や叔父様、従姉妹の里香ちゃんや利恵ちゃんとかも、公には出来ない馴れ初め話とか是非聞かせて欲しいって言ってるし」
(母様、どうしてあんな……おしゃべりでマウント取りが大好きな姉妹に《《公には出来ない話》》を聞かせないといけないんですか! 冗談じゃないっつーの!)
「はとこの昇君や武司君たちも、瑠伽君と仲良くしたい……て言ってたし。あ、あと由美子ちゃんや奈々ちゃんも瑠伽君にサインして欲しいとか言ってたわね」
(奈々に由美子? 段々遠い親戚が出てきた。昇も武司も、瑠伽の一族の《《コネ》》が目当てだろうし。奈々や由美子は瑠伽の弟や親戚なんかを紹介して貰えたらラッキー、てとこでしょ。全く……)
一連の私の心の声を聞くと、何やらヒネクレ者のようだが決してそうではない。残念ながら事実なのだ。彼らは今までずっと、私の事を
『兄さんと姉さんに頭脳、才能、容姿全て凝縮されて妹はカスで気の毒』
とわざわざ聞こえるようにヒソヒソ話をし合っていのだから。……それは一族に限った事ではなかったけれど。
だから、社交界の場は苦手なのだ。
「主役が壁の花になってどうするのよ?」
気付けば目の前に、深紅のマーメイドラインのドレスが良く似合う派手な美女と、
「そうだぞ! 皆探してたぞ」
如何にも女にモテそうな、黒のスリーピース姿の優男が連れ立ってやって来た。姉の華織と、兄の誠一だ。仕方無い、演奏を他の人と変わってまで呼びに来たという事は、引退した今も『政界の影のドン』として秘かにその名を馳せる祖父の差し金に違いない。断る勇気は、未だ私にはない。
……瑠伽、早く来て!……
今後の執筆について担当と相談をする為、遅れてやって来る事になっている。彼が少しでも早く来てくれる事を切実に願った。
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