第42話 当て馬役の心得②
それから三日が過ぎた。体調は随分と良くなった。瑠伽からは何の連絡もないし、相変わらず家にも帰って来ない。ここで、彼は誰と何をしているのか……等と考えてはいけない。考えてもどうしようもないからだ。非常に大切な事なので繰り返し繰り返し述べよう。己に言い聞かせる為にも。
何か起きたら、その時に考えれば良い。そうなった際、臨機応変に柔軟な対応が出来るようにする為にも、悩んでも『こたえ』が出ない事柄は考えないでいる方が良いのだ。その為にも、メンタル的に余裕がある方が良い。
という事で、今日も好きな事に没頭している。今回はレジンアクセサリーのパーツの作り溜めだ。作れる時に沢山作って、後でブレスレットやペンダント、髪飾りなどに加工するのだ。その時のインスピレーションで、ワイヤーアートにするのか、マクラメ編みにするのかなどなど、決めるのも楽しい。因みに、ショップのアクセサリーは全て一点物だ。
こうしていると、余計な事を考える暇も無くなるし、思考の整理にもちょうど良いのだ。例えば、このような感じで。
ショップの仕事も家事全般も蓮が全てこなしてくれている。今回、私が倒れた原因が過労と栄養失調だったという事で、蓮は自責の念に駆られていた。食事は自分で用意する、と予め伝えていたし。倒れたのは自己管理が出来なかった私自身の責任なのだが。彼は私に尽くす事、私笑顔でいる事が無上の喜びなのだと言う。私には特別な才能も、人を惹き付けるカリスマ性も持っていなかったし、唯一無二の存在になれる事を切望した瑠伽や肉親には、とうとう愛される事はなかったけれど。蓮、菜乃、史桜、祖父母……周りの人には身に余るほどに恵まれたと思う。感謝して有り難く享受すると共に、恩を仇で返すような事にならないよう、謙虚さを忘れず彼らの厚意に精一杯応え出来る限り努力して行きたい。
今、球体のレジンモールドに透明のUVレジンを注いでいる。ここに、白と薄紅、深紅、黄色の押し花をコスモス風に鋏で切って接着剤で固めたものをピンセットで配置していく。そこに、オーロラカラーのホログラムを散らして、白のラメを全体的に少しかけてみよう。ホログラムは、六角形のものと丸型のものをランダムに散らすのが良さそうだ。うん、綺麗だ。瑠伽と初めて会った時を思い出す。あれは、塔本邸の裏庭でコスモスが咲き乱れる頃だった。私はあの時……と、駄目ダメ、今は瑠伽に関する事で思い出や感傷に浸るのは避けないと。
レジンを硬貨させ、モールドから取り出す。ぬめりを拭き取り、はみ出たところがあれば削り取って磨いたりする。最終的な出来栄えを光に透かして確認する。この瞬間が一番好きだ。何かが生まれた瞬間のような気がして。いつかこのパーツが、必要なご縁が合って旅立つ時が来るまで綺麗に磨いて大切に陳列するのだ。さて、今回の出来栄えは……コスモス畑に差す陽の光、シャボン玉が風に舞うようにして飛んで、キラキラキラキラ幻想的な風景。……あぁ、無意識に瑠伽との出会いの時をレジンの球体に込めていたようだ。思い出を、直径2cm程の玉に封じ込めるように。もしかしたら、もう瑠伽は二度とここには帰って来ないかもしれないから。文字通りの契約結婚、仮面夫婦となるのだ。別々に住んで、必要な時だけ夫婦同伴で社交場に顔を出すような関係に。
おっと、余計な事は考えない考えない。そうだ、ちょうど良い機会だから、「当て馬役の心得」を鍵付きの『秘密のノート』にに書き記して置こう。胸に刻み込んでおくのだ!
【当て馬役の心得】
其の一、事実をそのまま受け止めるべし。僅かな期待など一切してはならない。また、それ以上に悲観的になる必要もない。
其の二、引き際を正しく見極め、潔く身を引け! 長引けば自分が惨めになり周りの印象も悪くなるだけである。
其の三、主人公カップルを祝福すべし! フィクションではなく現実の世界での当て馬役は、主人公カップルを引き立てかつ愛を盛り上げる為だけに存在するので、「バウムクーヘンエンド」になる事は限りなく0に等しい事を心に刻め。
ここまで御覧頂きまして有難うございます。誤字脱字報告、感謝致します。




