第39話 え? これって私が悪役令嬢ってヤツ?②
「あらあら、あなたねぇ、自分が地味で魅力ないからって、美人のお友達に嫉妬して虐めるとか幼稚なのねぇ」
一番最初に声をかけて来た中年女性が、ほとほと呆れ返ったとでも言うように私に詰め寄った。
……いやいや、何で初対面のあなたに地味で魅力無しだとか言われなきゃいけなの? 自分だって平凡顔じゃないのさ。明らかにおかしいでしょ。美人の友達に嫉妬してるとか決めつけるのも台本有りき、だかららそんな台詞が吐るんでしょ?……
「酷い子ねぇ。美人なお嬢さん、泣かなくて良いんだからね」
次に話しかけて来た中年女性は小夜子嬢を慰めるようにして寄り添った。
……わざとらしい。今時、小学生だってこんな浅知恵の脚本なんか書かないっつーの。誰が考えたシナリオだよ? まさかお嬢、じゃないよね? 頭脳明晰なんだし……
「こんな場所で低俗な虐めとかって有り得なくなーい?」
「ホーント、馬鹿じゃね?」「ブスが美人に嫉妬して虐めとか低能過ぎぃ」「性格悪いブスなんて死ねよ!」
等と他の外野は周りを取り囲んで好き放題悪口を言いたい放題だ。だが、この程度は既に小1の頃から経験済みだ。学年が上がるに従って、もっと卑劣で巧妙な手口になっていった。
……台詞が棒読み過ぎるんだよ、やるならもっと感情込めろっつーの……
最初、お嬢が唐突に涙を流し始めた時は焦って気が動転したが、すぐに醒めた。これは明らかに変だし、最早ギャグとしか思えない。客も予め仕込まれたものだろう。恐らくスタッフもそうだ。つまり、『店全体で一芝居打つ』と決められていたのだ。直接台詞ありの役柄のおばさまたちは、陰口悪口で周りを盛り立てる外野役よりも日給は良いに違いない。その一方で、こちらには群がらずに席についたままこちらの様子を見ている老夫婦もいる。一般客だろうか?
入り口に一番近い席にいるのは蓮と迫下だが、騒ぎを聞き付けてすぐに駆けつけようとする蓮を、迫下が止めようと揉み合っていた。これで、最初からこの「茶番の極み」が仕組まれていた事は確定した。
その時、明らかに異質な視線を感じてその方向に視線を向けた。左斜め後ろの一人は、スリムで背の高いインテリタイプの美青年、紺色のスーツと総髪に細い黒縁眼鏡がよく似合う……史桜だ。もう一人は左斜め前におり、赤毛のベリーショートカットにピンクゴスロリが良く似合う小柄でふっくらとした可愛らしい……菜乃だ。二人とも心配そうに私を見つめ、今にも参戦しそうな勢いだ。それに対して私は左手で前髪を掻きあげるような仕草を三回繰り返した。
『手助けしなくて大丈夫、録画録音に集中して』
という、予め決めておいた合図だ。助けて欲しい時はベレー帽を右手で軽く直す仕草、と決めてある。
「放せっ!」「煩いっ!」何やら、入り口付近が騒がしい。蓮と迫下が取っ組み合っていた。ほどなくして、蓮は背負い投げを決めた。鮮やかな一本勝ちだ。その間、小夜子嬢は嗚咽を漏らし、外野は調子に乗って益々悪口で盛り上がっている。声をかけて来た中年二人組は、小夜子嬢を慰めつつ私を睨みつけていた。スタッフは遠巻きに眺め、傍観者を決めこんでいる。
気配を消すように、音も無く私の傍にやって来る蓮に、軽く首を横に振って制した。こんな子供騙しの茶番に、蓮を使うなんて勿体ない。真相は、菜乃と史桜が証拠に残してくれているし、何かあれば瑠伽に見せれば良い。見せなくても、状況を見ただけで事実を判断してくれたら嬉しいけれど。彼にとっての運命の女が絡んでいるから、それは……期待出来そうにない。それに、彼には幸せで居て欲しいから、常識や道徳心に縛られて選択して欲しくないのだ。彼がやって来たら……きっと、瑠伽は小夜子嬢を庇うだろう。覚悟はしておいた方が良いかもしれない。
さて、このまま何も言わないままでは、どうせある事ない事捏造されるのだ。どうせなら、正当に事実を述べて攻撃される方がマシだ。
「これは心外ですね。私は何もしておりませんが」
普段の声より二オクターブほど下げて、一言一句ハッキリと発音する。更に、最初に言いがかりをつけてきたおばさんの目を真っすぐに見据えながら。
「何言い出すの? 図々しい子ね。私はずっと見ていたのよ!」
「まぁ、開き直るつもり? こんな綺麗な子を虐めておいて」
一人めのおばさんが悪態をつくと、すかさず、二人目のおばさんが加勢。二人とも、私と目が合うと慌てて目を反らす。
……ほほう、疚しい事があってそこまで悪役になり切れないのか……
「そうだそうだ!」「不細工女見苦しい!」「警察に突き出しちゃえっ!」
更に調子づく外野。
……ふん、烏合の衆めが……
一際声を張り上げ、外野に視線を投げた。
「あ、今どなたか警察に突き出せ! とかおっしゃいましたね?!」
その一声で、場内は静かになった。外野にも決められた台詞を考えておけば良かったのに。アドリブに任せるから墓穴掘って。
続いて、おばさん二人を交互に見据え乍ら、ゆっくりと声にドスを効かせてこう言った。
「私は一切何もしていないのに、このお嬢様が突然一方的に泣き出しました。そこへ、あなた方がよってたかって、私がやってもいない事を捏造しました。これは明らかな言いがかりです。刑法172条、『人に刑事または懲戒の処分を受けさせる目的で、虚偽の告訴、告発その他申告をした者は3年以上10年以下の懲役に処する』とあります。あなた方はこれに触れる可能性が極めて高い。宜しいのですね? それでしたら、是非警察に連絡をして頂きたく存じます」
水を打ったように静まり返る中、烏合の衆は視線を彷徨わせ、お嬢はひたすらハンカチで両眼を覆いさめざめと泣き続ける。恐らく「嘘泣き」だろうけど。やっぱり、強かで腹黒いお嬢様だったね。
カランカラン、と扉が開く音がした。皆一斉に来客に視線を向ける。ドキッと心臓が跳ねた。黒のスリーピースを身に纏った瑠伽だった。心なしか、憔悴しているように見える。仕事で疲れが溜まっているのだろうか。体調、崩さないと良いけど……
「あっ! 何て事を……」
ぼぼ同時に、お嬢が悲痛の声をあげた。何事かと注目すると、私が注文した玄米茶の急須の蓋を開けた状態で、帯のあたりにぶちまけていたのだ! お茶殻と液体が着物を汚していく……。
「どうしたんだい? お茶をぶちまけられたんだね?!」
「可哀想に、なんて事するんだい?!」
おばさん二人が芝居がかったようにお嬢に声をかける。
「あーっ! 最低! 幼稚な真似して」
「高そうな着物にお茶零すの、ありえなーい!」
囃し立てる外野。蓮は呆然と立ち竦む瑠伽に厳しい眼差しを向け、史桜と菜乃は苛立ちを露わにしながらそれぞれお嬢と烏合の衆に携帯を向けている。
「最低、さいてい、最低、さいてい……」
外野の一人が手拍子でリズムを取り始め、続いて一人、二人、と手拍子と共に「さいてい」コールが始まった。
……何だこの、小学生にも満たないほど拙い茶番劇は……
気を取り直したように、私たちのいるテーブルに再び歩みを進める瑠伽。そのキリリと美しく整った眉を潜め、酷く混乱している様子だ。小夜子嬢が嗚咽の声を高くしたように聞こえるのは、気のせいではないと思う。外野は瑠伽が来る事を知っていたかのように、サッと道を開けた。
「一体、何があった?」
瑠伽は溜息混じりに問いかけた。視線は小夜子嬢に集中している。
……やっぱり、彼女しか目に入らないのか。私、瑠伽から見たら《《悪女》》だよね……
予測していたにも関わらず、失望の念に駆られてしまう己にがっかりする。
「あら男前のお兄さん、美人さんの彼かい? そこの地味な子がね、この美人さんに嫉妬して一方的に罵った挙句中身の入った急須を美人さんにぶちまけたんだよ」
「そうそう、酷いもんだよ。美人なお嬢さんは何もしていないのに」
おばさん二人組が瑠伽にすがるようにして《《嘘八百》》を並べたてた。
「うん、そうそう、酷い」「私も見た」「俺も」「綺麗なお姉さんは全然悪く無い」烏合の衆が追従する。
もう呆れ過ぎて言葉も出ない。ゆっくりと小夜子嬢に近づく瑠伽に、皆が注目した。
……あーぁ、流行りの『悪役令嬢』モノみたいに、罪を捏造されて断罪・追放されちゃうのか。なんだかなぁ。とんだピエロじゃん、私。ホント、骨の髄まで「当て馬キャラ気質」なんだなぁ……
まさか、ラノベか漫画の世界に異世界転生した訳じゃないよね? ん? 死んだ訳ではないから、異世界転移か?
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