第36話 戦闘(?)準備
小夜子嬢の指定したカフェは、六本木駅から徒歩10分ほどの場所にある『NAGOMI』という名の和風カフェだった。手紙に同封されたパンフレットによると、インターネットや地図などには載せず、ほぼ口コミでの来客が多いお店らしい。
「調べたところ、『赤屋根コーポレーション』……表向きは普通の企業が経営しているように見せていますが、やはり極楽寺組の傘下にある兵頭組が経営しているようです」
蓮が、調べた結果をレポートにまとめて私に渡してくれた。
「へぇ? 赤屋根コーポレーションという企業は兵頭組が経営している表向きの会社、て事ね」
「ええ、そうですね」
「うーん……『和風カフェ』かぁ。小夜子さん、確か茶道もたしなんでらっしゃるから……確か、裏千家だったかな。表千家なら、教養の一環で基本は学んだけど。私も裏千家、基本くらいマスターしておいた方が良いかしらね?」
茶道がどうたらって、瑠伽が小夜子さん自慢をしてきた時に言っていたのを覚えている。当時、心の中ではイライラしているのに、表面上は笑顔を作らなければいけない事にもの凄く苦労したっけ。今にして思えば、瑠伽は小夜子さん自慢に酔っていたから、私の反応なんぞ気にしてなかった訳で。そんなに表情に気を遣う必要なかったのだけれど。
「念の為、基本くらいは覚えておいて損はないでしょうね。ただ、いくら何でもさすがに、茶道でマウントを取ろうなどという分かり易過ぎる手口は使わないでしょうけども」
「そうねぇ、でも有り得なくは無さそう。私も着物で行くべきかしら?」
「いや、そこまでしたら逆に揚げ足を取られる可能性が高いでしょう」
「確かにねぇ。茶道で彼女に勝てる訳ないし、付け焼き刃は危険だよね。そもそも勝敗に拘っている訳ではないのだけど」
だからと言って尻尾を巻いて逃げ出すつもりもない。
「けれども、わざわざご自分の組内のカフェに指定して案内する辺り、何かを仕掛けてある可能性は高いと見て良いでしょう。何か起こっても、カフェ内の防犯ビデオは期待出来ませんし、当日店内を訪れる客も全員組内の者であると思っておいて良いでしょう」
つまり、他人の一般的な善意を期待するな、と言う事か。
「まさか、出される食事や食器に毒なんか入って……ないわよねぇ」
「それをするつもりなら、奥様一人で来る事を指示するでしょうし、私の同席を許さないでしょう。わざわざ外出させるとも思えません。特に、当日は完全予約制としている訳でもないようですし」
「そうだよね、暗殺するならとっくに……」
「とは言いましても、用心するに越した事はありません。当日は防弾防刃の帽子、眼鏡、服装、靴、バッグの完全武装で行きましょう。チョーカーもお忘れなく」
そこまで淡々と話していた蓮は、不意に表情を緩めた。月に照らされた刃物のように鋭い光を宿すその瞳が、ふと陽だまりのように柔らかく瞬くのだ。その優しい眼差しに特別な意味は無いのに、何故か時めいてしまう。そんな自分に呆れてしまう。だ、がこれは生理現象みたいなものだろう。言わば、「推し」のファンサにキュンキュンしてしまうような心理だ。
「何があっても、私が傍にいますから。必ず、御守りします」
「……いつも有難う。頼りにしてるよ」
当日は、これまた有り難い事に変装した史桜と菜乃がカフェに一般客として潜入してくれるという。
瑠伽から「少し遅れるかもしれないけれど」と、カフェに同席するというメールが届いたのはその日の夜だった。
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