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第30話 予兆

 それから数日、何事もなく穏やかに過ぎて行った。瑠伽の方も、メールによると仕事も適度な運動、そして低糖質な食生活も何とか頑張っているようだ。


 その時私は、レジンや天然石を使用して作った新作のアクセサリーをカートに詰め込んで、蓮の運転する車でショップに向かっていた。しばらく出向いて居なかったが、そろそろショップを再開する事を今朝、ブログで告知した。私がお休みしている間のショップはどうしているかと言うと、閉めて『インターネット販売のみ対応』という形を取っている。ショップでの販売は、殆どが口コミで来店する人が大半を占めていて、ほぼ予約制という形で対応している。


 瑠伽との契約結婚で、毎月の給料も頂いている訳だが、小夜子さんとの対決の結果次第では契約破棄も有り得る……かもしれない。万が一に備えて、先に破棄を言い出した方が違約金を支払う取り決めをしておいたのは虫の知らせだったのか。一応、期間は三年毎に更新としておいたが、果たして三年も持つだろうか? そうなった時の為に、ショップは頑張ってこのまま安定させたいところだ……


 「奥様? 考えても『こたえ』が出ない事は、割り切って『今出来る事』や『今すべき事』に切り変える事をお勧め致します。私は、これから先も何があっても奥様のお側におりますし、必ずお守りしますから」


 バッグミラー越しに、蓮と目が合う。気遣わし気に私を見つめる瞳がふわりと和らいだ。それを見るだけで、マイナス思考の渦を巻いていた感情が穏やかになっていく。


 「あぁ、そうね、そうだよね。この件は考えても解決出来る訳ではないし、考えれば考えるほどネガティブにしかならないもの。有難う、蓮」

「いいえ、とんでもない。それよりも、いつあちらが暴挙に出るか分かりませんから、気を抜かない方が宜しいかと存じます」

「まさか! 私に危害を加えるとか、それはないでしょう?」

「それは分かりませんよ。甘やかされて苦労知らずで育った娘が恋に血迷ったら、何をしでかすか予測不可能です。組長も、溺愛している娘の為なら何だっやるでしょうし。彼らにしてみたら、マフィアを敵に回そうが何だろうがお構いなしでしょうね」

「そういうものなのかなぁ……」

「ええ、世の中の凄惨な事件の多くは、痴情の縺れか金銭絡みですからね」

「確かにね……」


 親から溺愛なんてして貰った事ないから皆目見当もつかないなぁ。羨ましいけど、行き過ぎた愛情は猛毒になって、溺愛している対象を蝕むんじゃないかと思うのだけど。こういうのが親離れ子離れとか言うのにも関係してくるのかしら。


「ええ。兎に角、外出先では特にお気をつけ下さい。勿論、私の御守りしますが。念の為、公共のお手洗いを使用する場合は予め調べられる多目的のところにお入り頂けましたらと思います」

「そこまで警戒するのかぁ」

「念は念を、て事ですよ」

「うん、分かった」


 私がボーッとしてたら、蓮も守るのがより大変になりそうだし。取り敢えず、公共のお手洗いはデパートも含め極力しないようにしよう。


 車のスピードが落ちる。そろそろショップに着く頃だ。因みに、車種はアルファロメオだ。モスグリーンの車体に、街路樹が鏡のように映し出される。蓮がよく手入れをしている証拠だ。車が止まり、蓮が周囲の様子を探りながら後ろに座っていた私のところへと歩いて来ると、ドアを開けてくれた。彼は先ず私のカートを左手に持つと、右手を差し出した。有り難くその手を借りて、車から降りる。ここはショップの専用駐車場だ、と言っても五台ほどの小さなものだけれど。


 ショップは駐車場の左隣にある煉瓦作りの小さな平屋だ。瑠璃色の屋根には銀色の鳳凰が風見鶏代わりに煌めいてり、トレードマークになっている。ショップの名前は『手作りアクセサリーのお店lucel(ルーチェル)』、luce(光)に、天使の名前に……ミカエル、ラファエル、ガブリエル、ウリエルなど、〇○エルとつく事が多いのでそれをもじったのだ。


 「危ない!」


蓮は唐突に叫ぶと、右手で私の肩を抱き寄せそのまま抱えるようにして走った。虚を突かれ、何が起こったのか思考が働かない。私たちの背後でガシャーンバリーンと何かが割れて砕ける音が聞こえた。


 「お怪我はございませんか?」


私を気遣う蓮の声に、我に返る。


 「うん、平気。何があったの? 蓮は大丈夫? 怪我してない?」

「私は大丈夫です。それより……」


 蓮に肩を支えられたまま、振り返る。え??? これって……


「植木鉢ですね。観葉植物でも植えられていたのでしょうか」


 アスファルトに砕け散る赤茶の植木鉢と土、そして植物。蓮が見上げる視線を追う。駐車場の右隣十二階建てのマンションがあるのだが……


 「あそこから落とした。故意でしょうね」

「まさか……」

「こんな分かり易くて古臭い手を使うのは奴らしかないでしょう。警告というか、宣戦布告のつもりでしょうね。先ずは被害届を出しましょう」


 その時、蓮の携帯がなった。ドキッと鼓動が跳ねる。静かに電話に出る蓮の様子を見る。電話の相手に、何か状況を聞いているようだ。少しずつ不安が募っていく。蓮が居なければ、あの植木鉢は私の頭に直撃していたかもしれない。そう思うと、じわりじわりと恐怖が全身を支配し始めた。


 「警備会社からです。門の中に、何か異物が投げ込まれて警報が鳴ったそうです」


 電話を終えると、彼は落ち着かせるように右手で私の背中を軽く叩きながら内容を伝えた。


 ……何が起ころうとしているの? 怖い……


 背中にゾクリと寒気を感じた。


 

ここまで御覧頂きまして有難うございます。誤字脱字報告、感謝致します。

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