第28話 ポンパドール夫人を目指すには②
「出た出た、真緒理の番犬。相変わらずの忠犬ぶりだなぁ」
史桜は揶揄するように薄笑いを浮かべつつ、蓮に応じた。もう、この二人も昔から喧嘩腰というか……どうしてだろう? 瑠伽、蓮、史桜のこの三人、昔からギスギスしているというか。多分、三者三様の美形ハイスペック同士、男同士のライバル心というものが互いに刺激されるからだろうと分析してはいるのだけれど。
「奥様が幸せになるようお守りするのが昔から私の役目ですし、何よりもそれが使命ですので」
蓮はツンとて淡々と答えているように見せて、言葉の端々に棘を潜めている。史桜の挑発に乗るつもりなのかしら。いつの間にか、私の背後から左隣に立っているし。
「昔からお前ってそうだよな。真緒理の騎士様ってか? この偽善者が!」
「私は己の使命に忠実なだけです。あなたのように『口だけ達者な女好き軽薄男』と一緒にしないで頂きたい」
「何だと?! 誰が『口だけ達者な女好き軽薄男』だ!」
「今この場では、あなた以外に誰が居ます? あなたのような男から奥様をお守りするのも私のお役目の一つですから」
ん? 二人ともヒートアップして来てる?
「何だお前! さっきから黙って聞いてりゃつけ上がりやがって!」
「どこが黙って聞いてるのです? 先程から反論ばかりおっしゃってるではないですか!」
もう、二人とも子供じゃないんだから。私はパンパンとその場の邪気を払うように手を叩いた。
「はいはい、二人とも。今日は私と聖女様の対決についての相談に集まってくれたんでしょ?」
私の言葉に、ハッとしたように俯いてシュンとする二人。何だか叱らた犬と猫みたいで可愛い。蓮はイヌ科の猛獣、狼。史桜はネコ科の猛獣、黒豹ってとこね。
「申し訳ございません」「悪かった……」
「いいよ。さて、この話はここでおしまい! お茶でも飲んで落ち着いて。クッキーもつまんでみてね。甘さ控えめにしてあるから、二人とも食べられると思う」
今回のお茶は冷めても美味しいルイボスティーに、茶請けは『豆乳おからクッキー』だ。砂糖をラカントに、牛乳を豆乳に、小麦粉をおからに代えるだけで低糖質なおやつに早変わりのだ。バターは意外にも低糖質なので普通に使用出来る。甘いものが苦手な二人の為に、カカオ90%の砂糖なしチョコレートを砕いてチョコチップクッキーに。コーヒーを混ぜてコーヒー味のクッキー、そしてプレーンの三種類を用意した。
「美味いな。これなら普通に食える」
史桜は早速プレーンのクッキーを口に運ぶ。続いてコーヒー味を、その後にチョコチップ味を食べてくれた。
「美味しくない訳がありません、奥様が私たちの健康を気遣って手間暇ををかけて作ってくださったのですから」
蓮は誇らし気にチョコチップ味のクッキーをつまんだ。蓮ならきっと、失敗作でも「美味しい」と言って喜んで食べてくれるだろう。彼らは別に糖質を制限する必要はない。だが、甘い物が苦手な人の場合にもこの低糖質なスイーツは使えるのだ。恐らく、砂糖の代わりに使うラカントの甘味が穏やかであるのが原因だろう。
「ありがと、蓮」
その言葉に全ての御礼を込めて言った。さぁ、本題に話を戻そう。
「……それで、『ムスカリ』と『タンジ―』のドライフラワーを蓮に頼んでお嬢のところへ送って貰って。取り敢えずは様子を見かな、と思うのだけど」
二人に意見を聞くつもりで切り出す。
「あっちの出方の様子を見るのは、あらゆる状況を想定して瞬時に動けるようにしておくのを大前提とするなら良いとして……。この事、瑠伽に言わなくて良いのか?」
不意に声を潜め、史桜は身を乗り出した。因みに、ここはリビング。邸内全てに防音効果、防弾ガラスが施されているのは言わずもながだ。
「私も、旦那様には今回の拉致された件から小夜子嬢からのドライフラワー、訪問された時の会話の全てと奥様の対応の全てをお話しておいた方が良いと思うのです。それも出来るだけ早く、今すぐにでも」
意外にも、蓮は史桜に全面同意のようだ。
「お? 珍しくお前と同意見とはな。まぁ、それだけ懸念すべき事、てヤツさ。あちらがどう出るか分からんから、早めに瑠伽を真緒理の味方に引き込んでおくべきだ」
史桜、蓮……やっぱり、そう思うよね……
「ね? 二人もそう思うでしょ? 瑠伽は、全面的に小夜子嬢の話だけを信じるだろうな、て」
彼らの沈黙が、静かに肯定の意を示している。だから、お嬢が動き出す前に真実を瑠伽に話しておいた方が良い、という事なのだ。いくら恋が盲目とは言っても、事実を知っておくのと知らないままとでは、理性と道徳心の働き具合が違ってくるだろうから。
「だからこそなの」
「ん?」
「……と言いますと?」
二人が疑問に思うのは尤もだ。
「……きっとね、瑠伽は小夜子嬢の話だけを鵜呑み妄信してしまうと思うの。だから私が何を言おうが虚しいだけかも、て思えて」
「それじゃ抗戦の意味ねーじゃん!」
「同感です、それに……差し出がましいようで恐縮ですが、旦那様はそこまで低能……失礼致しました、浅はかではないと思われます」
「ハハハッ、低能でも浅はかでもディスってるのには違いねーって。そうだぞ? もし本当にお嬢の言う事を鵜呑みにしてお前を断罪するようなら、そんな馬鹿なら捨ててやれ、生涯を捧げる価値ないって」
「そうですよ。恐れながら……旦那様には小夜子嬢の本性を知って頂いた方が良いかと思うのです」
二人は詰め寄るようにして見を乗り出し、真剣に諭してくれる。有り難い、だけど……
「うん、きっとそうなんだろうとは思う。でも、でもね。もしかしたら今回の件で小夜子さんが改心して。瑠伽も益々彼女が愛おしく感じる可能性だって低くないと思うの。結果、二人の絆が益々深まる可能性も。そうなった時、ポンパドール夫人を目指している私としたら応援したいし。そういう契約でもあるし」
あれ? どうして胸の奥が痛いんだろう? 平気なのに……
「だからね、言わない方が良いのかな……て」
喉の奥も痛い。声がかすれてきた。
「あとね、何だか告げ口するみだいで気が引けるな、て……」
目が霞んでよく見えないや……。二人が痛ましそうに私を見守る中、笑顔を見せようと瞬きをしたら、両頬に熱い液体が流れていくのを感じた。青のジーンズの両腿あたりに、深い藍色のドット模様が不定期に広がっていった。
ここまで御覧頂きまして有難うございます。誤字脱字報告、感謝致します。




