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第26話 聖女の本性③

 ガラス越しに降り注ぐ午後の太陽が、柔らかく室内を照らしている。丸い白テーブルの上には、ガラスカップに注がれた琥珀色の液体が湯気を立てて二つ、向かい合わせに置かれている。どちらも注がれた時から中身は減っていない。向かい合うカップを隔てるようにして、例のラベンダーと花蘇芳のドライフラワーの束が飾られていた。茶菓子は毎回手つかずで残されるので今回は出していない。


 ここは、邸の英国式ガーデン内に建てられた来客用のサンルームだ。一年中楽しめるように花壇が作られ、そこに四季折々の花々を植えてある。今は色鮮やかなパンジーや、クロッカス、ヒヤシンスなどが可愛らしく咲き誇っている。


 お察しの通り、私の向かい側に座っているのは小夜子さんだ。本日のお召しものは、白のAラインのワンピースに白のベレー帽、淡いピンク色のコートに薄茶のパンプスだ。……美しい、まるで『淡雪の精霊』のようだ。ファンタジーの聖女様とやらの一般的なイメージを具現化したら、彼女のような姿になるのではないだろうか。コートは預かろうとしたが、彼女の世話係の迫下(さこした)が『汚い手でお嬢に触れるな』的な態度で睨んで来たので奴に任せた。まぁ、いつもの事だ、一々腹を立てるだけ時間の無駄だ。


 蓮も迫下も、各々の主人の背後から3mほど離れた場所で待機している。来客用のサンルームに入る際、蓮は自身が丸腰である事をアピールした上で迫下に拳銃(チャカ)や短刀、吹き矢や針などの武器の所持品がないかどうか厳重に調べていた。そのやり取りも華麗に無視してサッサと席につく小夜子嬢、やっぱりただのか弱いお嬢様ではないと思う。因みに、万が一の為にサンルームのガラスには防弾処理が施されている。


 さて、私から挨拶をしても彼女は高慢ちきに……もとい、高貴な御方のように軽く首を下げただけだった。その後は冷めた視線で私を見つめたまま一言も話さない。いつもその傾向があるが、今回は『失礼な奴』だ、とハッキリと感じ取れるくらいに著しい。こちらは別に何も疚しい事はしていないので、ご機嫌取りに勤しむ必要はない。今日は新しい天然石のビーズやタンブルが手に入ったので、アクセサリーの新作を作りたいから早めに終わらせたい。私から切り出そう。もう面倒だからいきなり本題に、営業スマイルは絶やさずに、と。


 「本日お見えになったのは、こちらのドライフラワーの花言葉と関係があるのでしょうか?」


 お嬢はチラリと私に一瞥くれると、


「だとしたら、何ですの?」


 と気怠そうに応じた。うわぁ何だこの女、滅茶苦茶態度悪ーい! 


……おーい、瑠伽。あんたの女神だか天使だか妖精だか聖女様だかは、君の居ないところでは私に対してこんな態度取っとるでーっ!!!……


 と叫びたい気持ちをグッと抑える。冷静に考えれば、仮に瑠伽がこの場に居たとしても彼の脳内で小夜子嬢は優しくて神秘的な言動に変換されてしまうに違いない、名付けて『恋は盲目』という魔法である。


 小夜子さんさぁ、そっちがそういう態度なら遠慮なく行かせて貰うよ。

 迫下の武器所持チェック、して貰っておいて良かった、さすがだよ蓮!


 「生憎、私は頭が悪い上に鈍感なので、そのような高度な技で何かを悟らせようとしても解読不能なのですよ、申し訳ない」

「そのドライフラワーの花言葉の通りですの。心当たりがおありではなくて?」


 お嬢は冷淡に私を見据えながら、無感情に台詞だけ運ぶ。心当たりなんかある訳ねーだろ! おっと、笑顔だけは絶やすなよ私。

 

 「いや、全く心当たりないですねぇ。ハッキリ言って頂いた方がお互いに次の時間を有効利用出来るかと思います」


 向かい側の佳人は、キッとその漆黒の美しい眉を吊り上げた。


「ここまで遠回しに言って差し上げてますのに、どうして分からないんですの!?」

 

(はぁ?? 何言ってるんだよ、具体的に言わないで察するほど親密じゃないっつーの。どんだけ我儘なんだよ)

「あーすみせんねー。自分、超がつくほどお馬鹿なので。ハッキリおっしゃってくださいませんかね? 話が進みませんので」


 最早、彼女は「モンスターカスタマー」と同類なのではなかろうか。


「何て失礼な方なの? どうしてサイラスは、こんな人と……」


 失礼なのはそっちだよ。何やら悔しそうに肩を震わせているが、全く意味が分からない。さっきから迫下がこちらに駆け寄ろうという素振りを見せるが、その度にグッと耐えている様子だ。蓮が何らかの方法で制止しているのだろう、有り難い。


「はい? 瑠伽が、何です?」

「何故、サイラスはあなたと結婚が決まってから会ってくれませんの?」

「はい??? それ、私に聞く事ですか?」


 何を言いたいのかな? それ、私のせいじゃないよね?


「連絡もくれなくなったし」

「……はぁ、ですがそれは忙しいから連絡したくても出来ない状況だからではないですか?」

「いくら忙しくても連絡する時間くらいある筈ですわ」

「そんな、横暴な……」

「酷いわ、あなたが私とは会わないように言い含めているのでしょう?」

「へっ?」


 全く予想だにしなかった変化球攻撃に、唖然としてしまった。


「酷いわ、酷いわ……あたくしとサイラスの仲を応援する、ておっしゃってたのに、引き裂こうとするなんて……う……クスン」


 しまいには泣き出す始末だ。しかも、とんだ濡れ衣を着せやがった!!!


 「ちょっと待って下さい、酷い言いがかりです! 私は何も……」

「酷いですわ! その上私に罪を着せようとなさるなんて! う、クスン……」


 ちょっと待って、これ知らない人がこの状況を見たら、悪女がヒロインである聖女を虐めて泣かせているって思われちゃう場面じゃない??? 私、悪役令嬢にさせられてるの?


 「あ、あのですね……」

「そもそも、あなたとの結婚だって……」

「いやいや、ですから、契約結婚ですから。だから……」

「結婚だって、あたくしが堅気になるようサイラスが言ってくれたら、すぐにでもそうしましたのに。或いはあたくしを連れて逃げてくだっても良かったですのに……クスン、彼は何も提案してくださらなかった……。あなたが言い含めたに違いありませんわ」


 涙に塗れた漆黒の双眸は新月の時に際立つ星みたいに綺麗だ。でも白目の部分が真っ赤だから嘘泣きではなく本当に泣いているようだ。鼻の頭も赤くなっている。其の状態になると、普通なら多少なりと見劣りするのに、彼女はまるで『花海棠』みたいに愛らしい。美人て得だ。でも、彼女が主張している事は全く意味が分からないのだが。


「つまり要約すると、ご自分からは何もおっしゃらなくても、望みを察して瑠伽が提案、実行してくれると思っていた。しかしそうはならなかった。ここ最近連絡もないし逢えていない。それを、私のせいだと?」


 しゃくり上げながらお嬢は頷く。おやおや、何だかなー。


「何か勘違いしていらっしゃいますが、私は契約以外の事はしていませんしするつもりもありません。だからそれがどうして私のせいになるのか解りかねます。小夜子さんも、ご自分の望みをしっかり口に出して瑠伽に言ったらどうでしょうか? 言葉にしないと伝わりませんよ」


 お嬢はいきなり立ち上がると、怒りに肩を震わせた。


「今更開き直りますの? サイラスが本当にあたくしを愛してくださってるなら、言わずとも察して頂ける筈ですわ! あなたがあたくしの事を悪く言って邪魔しているからに違いありません!!」


 と、一方的に断罪(?)された。駄目だ……お嬢は宇宙人だった。地球語が全く通じなかった。瑠伽は惚れ抜いているから、このやり取りを見ていたとしても


 『照れ屋さんだな、小夜子は。言ってくれたら良かったのに、可愛い奴』


となるのかもしれないが、私には無理、お手上げだ。溜息しか出なかった。


 だが、一つ決まった事がある。彼女に贈るドライフラワーだ。『ムスカリ』と『タンジー』で決めよう。ムスカリの花言葉は「失望」、タンジーは「抵抗」「婦人の美徳」「あなたとの戦いを宣言する」。意訳して、


 「あなたには失望した。抵抗します、いいなりにはなりません。当て馬キャラには当て馬キャラなりの矜持がございます。あなたとの戦いを宣言します!」


 ゴメン、瑠伽。あなたの大切な人だから私もずっと大切にして守っていく約束だったけど、これは無理。例え、あなたがお嬢の味方だったとしても譲歩はできない。

ここまで御覧頂きまして有難うございます。誤字脱字報告、感謝致します。

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