表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

25/50

第25話 聖女の本性②

 「……うーん、蓮はコレどう思う?」


否定的な意味合いの『花言葉』一覧が示されたパソコンの画面から顔を上げ、右隣に控えている彼に声をかけた。テーブルの上には、パソコンの他に豪華なドライフラワーがガラス花瓶に差されている。元の花の色と遜色ないよう、見事な着色処理がされているものだ。ドライフラワーからは、甘さと清々しさが融合した香りが漂ってくる。


 「私は、疑いようもなく黒だと思います。あの性悪女……っと、これは大変失礼致しました。小夜子嬢は花言葉にお詳しくていらっしゃる筈ですから。これはもう無知を装った宣戦布告以外には考えられないでしょう」


 蓮は昔から、何故か小夜子さんを毛嫌いしている。あれほどの美人に惑わされないなんて、彼のハートを射止めるのはどんな女性なのかな。

 小夜子さんが性悪かどうかはさておき。淡々と答える蓮に、同意せざるを得ない。何故なら、小夜子さんは瑠伽と花を贈り合って愛の言葉を確認し合っていたからだ。(このバカップルめ)

 元々は瑠伽の短編集『花々の行方』に着想を得た小夜子さんから始めたという。どうして知っているのかというと……瑠伽が喜色満面で話して聞かせたからに決まってるでしょー、と。何て無神経で酷い男だ……と言いたいところではあるが、私の本当の想いを伝えていないし悟られないように血の滲むような努力を積み重ねて来た訳だから、彼を責めるのはおかしい。瑠伽は私の事を『大事な妹』のように思っているだけなのだから。


 そうそう、蓮には最初から「契約結婚」の事はバレていたので洗いざらい話してしまった。瑠伽にはこの事は知らせていない。蓮は「奥様にお仕えしているのであって、瑠伽様は管轄外」との事だったからだ。


 「やっぱりそうなるかぁ。でもどうしてかなぁ? 私と瑠伽がそういう関係ではないというのはよく知っている筈だし。結婚の事だって……」

「彼女からしてみたら、何かしら気に入らない事があったのでしょう」

「えー? 例えば?」

「旦那様とずっと会えてないとか、連絡も来ないとか、最近素っ気ないのか……そんなところじゃないでしょうか」

「え? あー、そう言えば結婚の準備でバタバタしていた二週間前から今に至るまで小夜子さんと会うよ、て瑠伽から一度も聞いてなかったなぁ。でもそれって別に私のせいじゃないし」


 小夜子さんと会う時は、「いつ会うか、帰宅は何時頃か」瑠伽が連絡をする、という事も契約内容に含まれている。更に言えば……ここだけの話、万が一二人の逢瀬が目撃されて妙な噂が立つとエスポワール家、塔本家、極楽寺組全てに宜しくないので。小夜子嬢は男装、瑠伽は女装、或いは特殊メイクで全くの別人に……という事も契約内容に含まれているのだ。


 「そういう事も原因の一つかと思われます」

「でも、瑠伽は仕事でバタバタしてる、て知っているし……」

「お二人での逢瀬も、別人のように変装しなければならないというのもご不満なのでは?」

「えー? 納得してサインしてたし。それに、お互いに別人みたいに変装してまで逢いたいという、ラブラブ馬鹿ップルの証拠じゃない!」


 何が不満なんだか。これだから、愛されるのが当たり前の環境で育った奴ってのは不満ばかりあげつらって。まったくもってワガママなんだから。

 

 「その堂々と会えない、というのも当初からご不満だったのではないでしょうか?」

「えー? もしそうなら、最初に瑠伽に言えば良かった事じゃない!」

「誰もが奥様のように『高潔で善意のある』人間ばかりではありませんよ、極めて残念な事ですが。世の中には逆恨みというものが数多存在します。特に男女が絡むと、ですね。パートナーの浮気への怒りの矛先が、当のパートナーには向かず浮気相手に向かう事はよくある事です。更に、表の顔と裏の顔を上手く使い分ける者は男女問わず沢山おります。……それに、人間の欲望には限界がありませんから……」


 今まで立石に水の如く弁が立っていたのに、急に自嘲気味に瞳を反らして……連は時々、こんな風に面差しに陰りが差す時がある。気にはなるけど、きっと触れたらいけない部分だ。


 「あぁ、『人間の欲望が尽きる事がない』これは、よく分かる。私も自戒しないといけないところではあるんだけど」


 気をつけよう、この生活は当たり前ではないんだ。偶然とラッキーが重なって出来た奇跡なのだから。


 「ですから、準備は万端に致しましょう。何もなければそれに越した事はございませんし」


 重苦しくなりかけた空気を払拭するように、蓮は明るい口調に切り変えた。


 「そうね。……それにしてもこのドライフラワー……」

「『ラベンダー』と『花蘇芳』、これは狙って選んだと見て良いと思います。今まであちらから奥様に一度も贈り物はおろか手土産もなかったのに。しかも突然に、生花ではなくドライフラワーを送って寄こす。先日の拉致の件といい、どう見ても黒です!」


 今朝、小夜子さんから宅配便が届いた。厳重に梱包された中身は、透明のガラス花瓶に挿されたラベンダーの束と、花蘇芳の枝の束がセンス良くアレンジされて挿されていた。ラベンダーのドライフラワーはよく見掛けるが、花蘇芳のドライフラワーは初めて見る。綺麗に作るのは手間暇がかかりそうだ。

 

 花言葉を調べたところ、諸説ある上に必ずしも否定的な意味合いばかり含んでいる訳ではないのだが。


 『ラベンダー』の花言葉は、「不信感」「疑惑」「沈黙」「私にください」、そして『花蘇芳』の花言葉は「裏切りのもたらす死」……これにはゾッとした。セイヨウハナズオウは、キリストを裏切った事を後悔したユダが首を吊った木と言われ、別名『ユダの木』とも呼ばれているという。


 「ラベンダーと花蘇芳の花言葉を合わせて意訳すると……『私はあなたに疑念を抱いている。裏切り者には死を! 瑠伽を私にください、彼は私のものです』……こんな感じになるかしら」

「ええ、その通りだと思います。あらゆる事を想定して備える必要がございます」


 もし、そうだとしたら聖女の本性は……。でも、恋は盲目。瑠伽は小夜子さんにぞっこんだから、もし彼女が私の事をある事ない事吹き込んだら、きっと私ではなく小夜子さんの言う事を無条件に信じてしまうと思う。しかも、極道って《《白を黒にしてしまう》》なんてお手のものだろうし。


 ……これ、私に勝ち目はあるの?……


 先ほどまで好ましく香っていたラベンダーが、冷たく空々しい人工的な香りに移り変わっていくような気がした。

ここまで御覧頂きまして有難うございます。誤字脱字報告、感謝致します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ