第23話 招かれざる客②(瑠伽視点)
「落ち着けって。真緒理はおとなしくヤラれたまんまになるようなタマじゃねーし。それに悔しい事に、久岡蓮がついているから大丈夫だろ!」
……あぁ、そうだ、その通りだ。久岡蓮、真緒理の騎士……
たかぶった気持ちがスッと冷めて行く。雑念を振り払うように、口から言葉がまろび出る。
「そうだな、もし何かあったら連絡がある筈だし……」
僕はゆっくりと腰をおろした。
「そう言う事だ。お前に何の連絡がない、という事は平穏無事という事だろう、お前が帰国して落ち着いた時にでもサラッと報告されるんじゃないか?」
「そうだろうな、きっと」
そう、何でもない事のように、思い出した時に話のついでに真緒理は言うのだろう。だけど……
「どうしてお前は知っているんだ?」
僕は何も知らなかった。……知らせて貰えなかった。何だかモヤモヤする。
「ん? あぁ、しばらくはこっちの方で仕事があって。久々に六日間ほどまとまった休みが取れたんだ。で、昨日真緒理に連絡してみた。その時の話の流れで……て感じかな」
ヤツはそう答えた後、何か面白そうな事を見つけたようにニヤリと笑った。何だよ?
「あ、もしやお前、自分には知らされなかったのを拗ねてるのか? で、先に俺の方が知ってたというのが面白くない。な? 図星だろ?」
文字通り、ムッときた。けれどもそれは隠して見ないようにしてきた剥き出しの本音を言い当てられたからだ。ガキか? 僕は。本当に情けない。ここで怒りを露わにしたら、恥の上塗りだ。こんな些細な事で喧嘩などしたら、真緒理にも顔向け出来ない。落ち着け……。苛立ちを全て吐き切るようにイメージしつつ、息を吐きゆっくりと呼吸を意識する。
「……あぁ、まぁそんな所だ」
「おっ? 何だ、ヤケに素直だなぁ、面白くない」
奴は意外そうに眉を上げると、可笑しそうにハハハと小さく笑った。癪に障るが、『花が綻ぶような笑み』とは彼のような事を言うのだろう、主に女性に対して使う表現ではあるが。この男は春が似合う。希望に溢れ、凍てついた大地に命が芽生え、花が咲き綻ぶ……そうだ、年中発情しているところを見ても春がお似合いじゃないか、軽そうな女ばかりとっかえひっかえ……フフフ。おっ? 少しだけ溜飲が下がった気がする、クフフ。
「そうだな、やっぱり責任ある立場になればおのずとな……(その真の姿はお飾り人形、なんだけどな)」
「ほほぅ、それが噂の帝王学とやらか」
「何がどう噂の帝王学なのかは分からんが、まだまだ付け焼き刃だけどな」
「特に意味はないさ、何となく語呂が良いから言ってみただけだ」
「そうか。……でも、どうして組長は今更真緒理を呼び出したりしたんだろう? 結婚前、あれほど『今後一切真緒理には手を出さない、何か用事があれば僕を通して三人で会う』と決めたのに」
実はこの男、僕たちの契約結婚を知っている唯一の存在だ。全くもって腹立たしいが、秘密を共有している同志なのだ。久岡蓮は色々と察して全て悟っているとは思うが、契約結婚の事は明かしてはいないし明かすつもりもない。
「そりゃお前、愛娘が親父に泣き事言ったからに決まってんだろ」
彼は呆れたように答えるが、僕には意味が分からない。
「それなら、組長に言わないで僕に直接言えば良いじゃないか」
「お前、あのなぁ……そりゃ言えないんだろうよ」
「何で……」
「あーーーーもうっ!!!」
彼は突如として両手で頭を掻き毟り、焦れたように叫んだ。乱れた頭も絵になるなんて、本当に嫌な野郎だ。
「お前って変に鋭いけど肝心な事に鈍感だよなぁ。昔からそうだったよな」
「な、何を言って……」
「もういい、一々説明するのも面倒だ。それに、そういうのは自分で感じて自分で気づかない限り理解するのは無理だしな。話が進まないから説明してやる。お互い、嫌いな相手同士腹の探り合いをしても時間の無駄だからな」
確かに、会話が進まない。不本意だが一先ず反論の槍は下げよう。
「そうだな、お前も何か話したい事があって訪ねて来たんだろうし」
そうだ、人は用もないなら虫が好かない奴のところにわざわざ出向いたりはしないものだ。僕は頷いて肯定の意を示し、話しを続けるよう促した。
「じゃ、続けるぞ。先ずな、いくら極楽寺組が昔気質で義理と人情を重んじて堅気には迷惑かけないとか言ってもなぁこの御時世、本当にそんな事してたら他の組にすぐ潰されちまうだろうぜ。まして、愛娘が泣きついてきたら……」
「泣きついて?」
「泣いたかどうだかそこまでは知らんけど、それに近いんじゃねーの?」
「小夜子が僕に直接言えないっていうのは……」
「だからさぁ、そういうとこだぞ? て、分かる……訳ないか。まぁいいや、続ける。組長は、小夜子嬢を堅気にしてお前と結婚させて、真緒理を蓮の奴と一緒にさせようとしたらしい」
「は? 散々話しあって何を今更……」
「まぁ聞けって。だからそれだよ、事前に何度も話し合って決めた事を結婚した後に今更蒸し返す、しかも真緒理だけを呼び出して。小夜子嬢が親父に泣きついたかそれに近いような事を訴えたか、もしくは親父がそういう行動に出るよう計算して動いたか、そのどれかに決まっているだろうがよ」
「まさか、だって小夜子はそんな狡賢い女じゃ……」
「お前本気で馬鹿か?! 作家大先生の脳内は中二病か?! 30近い男の脳内はお花畑なのか??」
「な……」
「いいから聞けって! あのなぁ、『誰にでも思いやり深く、されど一途に自分に尽くしてくれる、知識教養もピカ一でそれに驕る事なくひたすら謙虚で勤勉な裏表のない聖女様』、なんてのはな、二次元か二、五次元の世界だから成り立つんだ。現実は、聖女ではなくて性女なら五万といるけどな」
……まさか、小夜子が、そんな……ん? 聖女、あぁ字が違う、『性』の方か……
「こう例えれば分かり易いか? 芸能界でそれなりに人気を保ったまま生き残るには、才能があって素直でお人好しで裏表がく真面目な良い子、だけではすぐに潰されちまう。蹴落としたり出し抜いたりされてもへこたれず、時と場合に応じて反撃出来るくらいの鋼のメンタルがないとやっていけない。極道の世界だって似たようなもんだろうよ。いくら親父さんが守るっていったって限度がある。まぁ、どんな世界でも似たり寄ったりだろうぜ。それに、良い人というのはな……悲しいことに、計算高いヤツに蹴落とされたりして大損しちまう可能性が高い。それが属に言う世知辛い世の中、てもんさ」
小夜子は絶対に違う! と言い切れない自分がいた。今まで僕に隠してきた……いや、僕が見ようとして来なかった彼女の裏の面が?
「ショックかもしれないが、現実だぞ」
彼は憐れむような眼差しを向けた。いつもなら苛立ちを覚えるだろうが、今は思考が追い付かない。
「も、もしかしら、僕が知らないところで真緒理に、小夜子が……」
「断言は出来ないが、可能性は低くないわな。そんな事されたとしても真緒理は絶対お前には話さないだろうし、もし小夜子嬢が計算高いタイプなら、真緒理が言わないのを分かっていて敢えて……なんて事もあり得る。現にお前、結婚してから小夜子嬢に逢ったのはいつだ?」
「あ……」
言われて初めて気づいて愕然とした。小夜子と二人で逢ったのは、真緒理と挙式する二週間ほど前。それ以降から今に至るまで一度も逢っていなかったのだ。そう言えば、メールのやり取りをしたのはいつだったか……
「……そういうところなんだよ。お前さ、自覚している以上にクズ男だぞ。小夜子嬢にも真緒理にもな。不誠実で狡いクズ男なんだよ。無自覚な分、余計にタチが悪い」
女にだらしないお前に言われたくねーわ! と言ってやりたいところだが、その時の僕はただ茫然自失になっていた。
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