第20話 ガラスのチート力(瑠伽視点)
『……この前、式の時に見たわ。随分と平凡過ぎて顔なんかすぐ忘れちゃったわ。あれじゃあ大衆に埋もれて見分けがつかなくて一族の威厳なんてこれっぽちもなくて大変でしょう?』
耳元で意味有り気にそう囁くのは、キャロラインだかカロリーヌだかと言う名のどこぞやのお嬢様らしい。体のラインを強調するような真っ赤なドレスを身に纏い、これみよがしに強調した豊満な胸元を僕の右腕に押し付けている。酒に酔ったふりをして僕にしなだれかかり、両腕を僕の右腕に巻き付て来た。派手な赤毛に染めた波打つ髪は腰の下まで伸ばし、くすんだ藁色の瞳は飢えた野良犬のようにギラついている。真っ赤なルージュに太く引いた真っ黒なアイライン、青のアイシャドーが下品極まりない。甘ったるい香水も反吐が出そうだ。今すぐにでも腕を引き離して「寄るな汚らわしい!」と怒鳴りつけたいが、生憎『社交パーティー』の場でそのような態度を取る訳にはいかない。このような状態をいかにスマートに華麗に後腐れなく対処出来るかも、仕事の能力に関係してくるからだ。もし揉め事を起こせば、例え相手が悪くても僕自身が無能と判断されてしまう。
一般的なモラルや常識が通用しない「理不尽」な世界、それが社交界だ。これは、手を変え品を変え古今東西永遠に繰り返される上級社会の「業」のようなものだろう。つまり、社交界とは……豪華で華やかに見せかけてその実情は、食うか食われるかの「弱肉強食」厳しいサバイバルな世界なのだ。きっと、平安貴族の『歌会』も似たようなものだったに違いない。実際にお気楽なのは下級貴族だけだったと聞く。
僕は今、一族のパーティーに出席している。取引先の中で『宝石業界』の11店が集まって開いたもので、引き継ぎの一環として兄と来ているのだ。今からおよそ一カ月後、エスポワール夫妻として僕と真緒理のお披露目パーティーが開かれる。真緒理が少しでも肩身の狭い思いをしなくて済むようにする為には、このような社交場での失敗は許されない。
「……はて? 何がおっしゃりたいのでしょう?」
人好きのする笑顔を貼りつけ、女に問いかける。目には『サッサと離れろ!』と怒気を込めて。だがこの頭の弱い女には通じまい。今で色仕掛けで地位もお金も欲しいままにして来たのだろう。つまり、それなりの相手としか関係を築いて来なかったという事だ。
『あら嫌な御方、本当は分かっている癖に』
媚びた笑みを浮かべ、右人差し指で僕の唇に触れようとする。済んでのところでサッと首を後ろにズラして躱し、今まで浮かべていた営業スマイルをスッと引っ込めた。
「私は日本に籍を置いていますが、回りくどい言い方は好みではありません。それに、私は妻をこの上なく愛しているので、貶められるのには我慢出来ません。せっかくですが、あなたの武器はそういうやり方を好む相手に向けた方が効率的だと思われます」
唖然と僕を見上げる間の抜けた面差しに吹き出しそうになりながらも、腕に巻きついた力が緩むのを感じたのを逃さずに体を引き離す。
「それともう一つ、今後は私や妻に対面が必要な際は、正式にアポを取ってからにして頂けますか? あなたのお名前は伝えておきますので」
念の為釘を差す。悔しそうの身を震わせる女を尻目に、その場から立ち去った。
だが、僕が一人になるのを待ち構えたように、青いドレス姿のブルネットの女性が笑顔で僕に近づいて来た。どうやら清楚路線で来るつもりらしい。
『ハニートラップ』は避けては通れない、通過儀礼のようなものだ。取引先だけでなく、実際に経営に関わる者たちの中にも潜んでいるという。
兄は飛行機の中でこう言っていた。
「……もう昔から、実際に経営して動かしているのは別に『ブレーン役』として存在していて。俺の本当の役回りは、一族を率いるCEOとしてのお飾りだったんだ。別に《《俺である必要もなかった》》んだよ。帝王学を始め、今まで必死でやってきたのは何だったんだ、て思ったよ。全てがどうでも良くなって……そんな時に、王女と出会ったんだ。だけどお飾りとして割り切れば楽ではある。適当にやっていれば地位も名誉もお金も思いのままだ。だから、妻の座におさまればはもっと美味しいと思う女も沢山いる。愛人でも良いからと狙う女も多い。もっと言ってしまえば、楽な役どころ、お飾りCEOの座を狙う奴も少なくない。仕事よりもハニートラップや陰謀の対処の方が本業とも言える環境なんだ」
と。
つまり、平たく言ってしまえばエスポワール家の跡継ぎとは、「ガラス細工のチートな力を手に入れた」状態なだと言えよう。望むところだ、元の発端である小夜子との件も、また真緒理との契約結婚もガラス細工の関係なのだ。真緒理の為にも、このチートな力を『鋼のように盤石なもの』にしてやる!
だが、万が一の事も考えて貯蓄はしっかりとしておこう。執筆の仕事も、コツコツと続けていくのだ。
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