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第2話 彼の想い人①

 「……と、言う訳で。前からずっとお話してきた通りに、私たちは戸籍上夫婦となった訳ですが。あくまで形上だけの契約結婚、というだけで。夫婦の夜の生活もないし、そもそも夫婦や恋人同士みたいな肉体的な接触は無いし。全く何の心配もいりませんからね」


 白亜のガセポの中、ガラス製丸テーブルを挟んで向かい側に座る美女を前に、何故か言い訳めいた説明をしている私である。小夜子、という名前がぴったりの美人さんだ。脇の下や背中から、冷たい汗が流れる。別に疚しい事など何もないのに、彼女を前にするとどこか後ろめたい気持ちになる。恐らく、これは私個人の感じ方の問題で。私が彼に秘かにずっと片想いしたままこの偽装結婚の契約を続けていくつもりだからだろう。


 今、四季折々の花木や花々が咲き誇る英国式庭園の中で、私と……彼の「秘密の恋人」が対面している最中である。ガセボの周りに茂る数々のハーブの香りが清々しく漂うが、この香りを感じる時は今この時の瞬間を連想するようになりそうだ。二月初めの冷え込む中、このガセボ内は暖房設備が万全だ。ガゼボ風サンルーム、と言えるかもしれない。何せ、息子の結婚を大喜びしたエスポワール家と、次女が「凄い婿」を連れてきた! と泣いて喜んだ塔本家が意気投合、一致団結して作り上げた『なんちゃって新婚夫婦』の住まう場所…ここ、白銀台の駅から徒歩20分ほどの場所に建てられた英国貴族式大豪邸の庭園内なのだ。


 双方の家族が大歓迎してくださったこの結婚、実は契約結婚で彼には学生の時から秘密の恋人がいましてね……なんて本当の事は言える筈もない。契約結婚をした理由や経緯は後ほど述べるとして、肝心の瑠伽は何処にいるのかというと、エスポワール一族や親戚やら取引先諸々への挨拶周りに奔走している。本来なら私も同伴しないといけないが、式を終えたばかりで疲れているというもっともらしい理由を作って免除して貰った。その間に、彼の大切な恋人へのフォローを任された、という次第だ。塔本家の方は、昔からさほど私に関心はないので、有り得ないハイスペック男と結婚出来た、と鼻高々半分、もう半分は一族のお荷物だった私が片付いてこれ幸いと自由を満喫している事だろう。


 「ええ、存じ上げております。大丈夫ですわ」


と儚げに微笑む彼女に、釣られたように笑顔を貼りつける。


 「その……瑠伽さんと小夜子さんのお二人に子どもがお出来になった時だけはあの……」

「ええ、勿論承知しております、これから少しずつ、サイラスはイギリスやアメリカなど、海外で仕事をする機会が増えていく事も理解しております」


鈴を転がすような声とは、まさに彼女のような声質を言うのだろう。柔らかく澄み、それでいて凛としたよく通る声。透き通るような白い肌に、小柄で華奢な体つき。艶やかな漆黒の髪は滝の如く腰の辺りまで流れ、黒曜石を思わせる潤んだ大きな瞳は、頬に影を落とす程長い睫毛に囲まれている。淡紅色の薔薇の蕾のような唇、ノーブルな鼻……儚げな美女とはまさに彼女の事を言うのだろう。本当にいつ見ても繊細なガラス細工みたいに綺麗だ。迂闊に触れたら壊れてしまいそうで、浮世離れしている。さながら、『雨に濡れた白い藤』、という風情でどことなく色香も漂う。男なら、守ってやりたくなるのは当然だろう。淡いブルーのコートがよく似合っている。


 話を元に戻そう。私と瑠伽に、恋人同士や夫婦としての接触はないけれど、もし小夜子さんと瑠伽の間に子どもが出来たら、戸籍上は私と瑠伽の子供として届け出る上に表向きは夫婦の子供として育てる、という契約内容を確認しようとしたのだが……やんわりと遮られてしまった。


『分かっているから最後まで言うな』


という牽制、のように聞こえるのは私の被害妄想なのだろう、自意識過剰とも言うのかな。些か説明がしつこ過ぎたのだろうか。前述の通り、瑠伽は私の初恋で今でもずっと好きな人だ。だけどこの恋が報われる事はない。それを承知の上で「結婚しよう」と私が彼に持ちかけたのだ。何も生涯、無償の愛を捧げよう等という健気でピュアな想いからではない。私にもメリットが多大にあるから申し出たのだ。


 「そうですね。事前に瑠伽と小夜子さん、私の三人で連日相談し合いましたものね。では、これ以上お引き止めして風邪でも引かせたら瑠伽に叱られますし、ゆっくり休んでくださいな」


 あぁ、胃が痛い……彼女には御機嫌を損ねないように細心の注意を払う。別に、彼女がある事ない事瑠伽に言い付けて私を「悪女に仕立てる」とか、そう言った今流行りのラノベや少女漫画的な展開がある訳ではないし、私は健気で不憫なヒロインという柄でもない。けれども昔から、彼女が少し苦手だった。ここだけの話、何もかもが私とは正反対過ぎてどう接して良いか分からなくなるのだ。


 「有難う存じます。わざわざご報告、謹んで感謝申し上げます」


丁寧で上品な所作や言葉遣いはいつもの事だけれど、うーん、慇懃無礼……と感じてしまうのは私の劣等感なのかなぁ。きっと、そうだろうな。


 ガゼボの入り口から外に出る彼女を待ちかねていたように、坊主頭に大柄でいかつい男が右手を差し出す。当然のようにその手を取る彼女。まるで美女と野獣だ。黒のスーツに身を包んだこの大柄な男は、小夜子さん専属のボディーガードだ。目付きは飢えた狼みたいに鋭く獰猛で、如何にも見た目は「そのスジのモノ」という典型だ。他にも離れた場所から三名ほど、そのスジのボディーガードが潜んでいる筈である。


 彼女の名は極楽寺小夜子。関東一円を率いるあの【極楽寺組】組長の一人娘なのだ。これが、瑠伽と彼女が結婚出来ない最大の理由だった。



ここまで御覧頂きまして有難うございます。誤字脱字報告、感謝致します。

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