第18話 エスポワール家の三兄弟②
名付けてアンガ―マネージメント!! 正式なやり方ではなく、なんちゃってなんだけど。
……慌てるな、苛立つな、落ち着け……先ずは静かに深呼吸、何も考えないでゆっくりと10秒数える……
そう、エスポワール家は小夜子さんの事も調べ上げて瑠伽に別れろと迫っていた、この系統の質問は想定していた筈だ。
「僕の初恋? そんな話ニコラスにした事あったかなぁ? そこまで親しい話が出来る前に、日本に来てしまったような記憶があるけど」
……て、瑠伽っ! 煽ってどうするんだ!……
(僕とお前は仲良くないだろ、まともに会話したことないのに。何でそんな事お前が言うんだよ?)と、遠回しに言ってのけた彼の横顔を去り気なく見てギョッとした。静かに怒りを滲ませていたのだ。怒鳴りつけたい衝動を理性を総動員して耐えているようだった。
……あぁ、そうか。そうだね。瑠伽にしてみたら、大切な小夜子さんの事、侮辱された気分になっちゃうよね……
そう気づいた瞬間、高ぶっていた気持ちが急速に冷めていった。馬鹿だなぁ自分、契約妻の癖に。完全に瑠伽の妻のつもりでいた。彼には、小夜子さんしか居ないんだ、本当に大切にしたい人は。そんな当たり前の事に……うん、傷つく訳ない! だってそれを承知で契約結婚を持ちかけのは他でない、この私だから。 それにしても、こうして三兄弟が揃うと……同じ美形でもタイプが異なる瑠伽だけが血が繋がってないように見える。これでは周りも様々な憶測を呼んで面白おかしく噂に花を咲かせたろう。色んな意味で、しんどかったろうな……さて、どうこの場を突破するか? 先ずは義弟と義兄の様子に注目して……
「おい、ニコラス」
意外な事に、義兄がたしなめるようにニコラスに声をかけた。意外ではないか、だってそもそもジルベルトが跡を継ぐ筈だったのを瑠伽に代わって貰った訳だし。一応、まともな感覚を持ってはいる? のかな? どうだろう? ニコラスもさぁ、兄貴が一族を背負ってくれてるお陰で好き勝手出来るんだからさぁ。
「ん? あぁ、別に変な意味じゃないんだ」
終始人好きのする笑顔を浮かべている義弟は、何を考えているのか全く読めない。流石、本職が俳優……
「では、どういう意味なのかな?」
と、瑠伽は油断無く弟を見据えた。売られた喧嘩、買うつもりなのかぁ。小夜子さんの為に。
……いいなぁ、小夜子さん。一途に愛されて……て、悲劇のヒロインに酔ってる暇はないのだ!
「嫌だなぁ、そう怖い顔しないでよ。たださぁ、兄さんの処女作品『月下美人と氷れる月』だっけ? あれに出て来たヒロインてさ、瑠伽兄さんの初恋の人なんじゃないかな、て」
ニコラス、鋭い。というか瑠伽の小説、読んでくれてたんだ? 彼は笑みを浮かべたま、話しを続ける。瑠伽も義兄も、彼が何を言うのか注目している様子だ。ニコラス……もし作り笑いなら、目は笑ってない事が大半だけれど、彼は自然な感じで目も笑っている。うーん……俳優だから本物の笑顔なんてお手の物だろうしなぁ。
「小説に書いてあったみたいに、『雨に濡れた白い花のように儚げな美少女』だっけ?」
あぁ、小夜子さんと私は正反対だからねぇ。
「でも、三作目くらいからかなぁ。ヒロインの傾向が変わっていったよね。明るくて健康的で頑張り屋さん、自己肯定感が低くて自分の事より周りを思いやる、その癖自分の魅力や向けられる好意には鈍感な無自覚な小悪魔タイプにさ」
あれれ? そう言えばそうかも。でも、それは小夜子さんへの想いをそれ以上世間に向けて発信したくないから、彼女とはかけ離れた性質のヒロインに変えただけだと思う。
「で、それって真緒理義姉さんに似てるんだろうな、て思ってさ。だから、義姉さんは愛されてるな、て事が言いたかったんだよ」
え? 私? 無自覚な小悪魔タイプじゃないし、全然ちーがーう!
でもここは喜んで見せるべき? 瑠伽と義兄の様子を見て出方を決めよう。
「よく僕の本、読み込んでくれてたんだね、嬉しいよ。勿論、物語だから何らかのモデルはあれど、フィクションなのは大前提だけどね。そうだよ、僕はずっと真緒理と一緒に居たから隣にいるのが当たり前になっていたんだ。だけど、結婚をしなければならないという現実を突き付けられた時、真緒理無しでは生きられなくなっている自分に気付いたんだ」
立石に水の如く、淀みなく語る瑠伽の瞳は生き生きと輝いていた。これが契約なのだという事を忘れてしまうほど、自然な口調だった。
「ははは、惚気を聞かせられたか。そう言う事か、しかしニコラス、随分と回りくどい言い方だぞ? ヒヤヒヤしたよ」
義兄、本当にハラハラしたっぽいけど、どうなんだろう。
「ごめんごめん、『日本人の殆どが、遠回しに言いたい事を伝える文化を持つ』て習ったもんでさ。なかなか難しいねぇ。もし不快な思いをしたら、ごめんね瑠伽兄さん、真緒理義姉さんも」
いつの間にか、和やかな笑いに包まれ始めた空間に戸惑いながら、私は笑顔で義弟に応じた。その時、ドアを三回ノックする音が響く。「どうぞ」と答える私の声を待って、蓮がその姿を見せた。彼は丁寧にお辞儀をし、
「お話中失礼致します。新しいお茶をお持ちしました」
銀色のワゴンに数種類のお茶とガラスポット、コップを乗せて室内に足を踏み入れた。蓮が、綱渡りに似た危うさを孕んだ雰囲気を一掃してくれたように感じた。
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