第13話 私の騎士①
「本当に良いの? 後悔しない?」
「後悔は、真緒理様から暇を告げられてお側を離れた時に沢山致しました」
今、私は自宅のリビングで目の前で跪く美形と対話している。瑠伽は急ぎの仕事があると別宅に籠った。元々瑠伽の執筆を始めとした仕事専用の部屋を敷地内に建てたのだ。小夜子さんの事とか執筆の事とかで一人になりたい時も多々あるだろうし。
私自身は凡人の中の凡人だけれど、何故か周りには美男美女が集まる傾向にある。その為か毎度私の役割は「当て馬役」になる事が多かった。何を隠そう、小夜子さんと瑠伽の仲が進展したのも、彼女が私と瑠伽の仲を勘ぐって身を引こうとしたのが切っ掛けで私が間を取り持って哀れなピエロ役を……おっと、話が横道に反れた。
えーと、私の二つ年上の久岡蓮、幼稚園に上がる頃に祖父から紹介されて、少しの間私と蓮、瑠伽の三に人で遊んだ記憶がある。それからしばらくして。祖父が私の専属世話係を任せる為に蓮を徹底的に教育するのだ、と言って何処かへと連れて行った。何でも海外の全寮制の教育施設だとか伝え聞いたが、祖父も本人も話たがらないのでどんな教育を受けたのかは今持って不明だ。誰しも触れて欲しくな事の二つや三つ、抱えているものだ。親しき中にも礼儀あり、昔の人は的を射た事を上手く表現したものである。祖父は政界を引退した後は様々な慈善事業をしていた。蓮は、その活動の中出会い「見所がある」からと、児童養護施設から引き取ったらしい。
「そう? だって蓮、勿体無いよ、それだけのハイスペックを私なんかに一生費やすだけだなんて……」
蓮と頻繁に会えるようになったのは、私が小学校を卒業する時。それまでは春、夏、冬の学校(?)が休みになる時だけ戻って来た。完全に教育が終わるまでは暫定的に私の世話係として、という形で。
跡継ぎかつ優秀な兄、才色兼備な姉と違って。凡人過ぎる私を狙おうとする奴は皆無、危険は無し、跡を継ぐ訳でもないから護衛も世話係も不要と判断した両親だったが、祖父母がそれに猛反対した。そこで、蓮を万能に育てて私専属の世話係としてくれたのだ。蓮本人もそれを強く望んだと聞く。正直言って、自分の事は自分で出来るし私には必要ないと感じたけれど。蓮自身のやる気を削ぎたくなかったし、祖父母の私への愛情を無下にしたくなかった。
蓮は会う度にその美貌に磨きがかかり、立ち振る舞いは洗練され、知識や教養が増え……海外の社交界でも通用するハイスペックさを身に着けた。元々の本人の素質もあっただろうけれど、並大抵の努力ではなかっただろう。
そんな彼が私なんぞに一生費やすなんて「世界の損失」だと思うから。だから(契約)結婚を機に彼を解放しようと祖父に就職先を頼んで来たのだ。それなのに、突然私のところに戻りたいだなんて。
「そんな事ありません! 私には何よりも価値のあるお仕事です。どうか《《私なんか》》なんておっしゃらないで下さい、悲しくなります」
ほら、この眼差し。捨てられた子犬みたいにウルウルさせて。幻覚だけれど、彼の頭には犬のモフモフの耳が、お尻にはフサフサの尻尾がついているように見えてついつい許しちゃうんだよねぇ。
「う……そっか。ごめんごめん。まぁ、蓮がそう言うんだったら私は大歓迎なんだけどね。じゃぁ、これからも宜しくね」
そうだよね、彼自身が私に仕えたいと言っているのに。その私が自分を卑下したら彼に失礼だよね。こんな風に多角的に考えられるようになったのは、瑠伽とこの蓮のお陰なのだ。
「こちらこそ、宜しくお願い申し上げます」
ほら、途端に目がキラキラして。耳がピョンと立って尻尾をブンブン振り出した……ように見える。私だけに懐いた野生の狼みたいにも思えてちょっとくすぐったい。
だけど本当に勿体無いよなぁ。蓮のハイスペックを私なんかに使うの。女にもモテモテだから、その気になれば逆玉だって狙えると思うのに。
「うん。だけどね、本当にやりたい事を見つけたり、好きな人が出来た時は絶対私に言ってね! 遠慮するのは無しよ?」
あれ? どうしてそんな悲しそうな目で見るの?
「……はい、お約束します。ですが、先程も申し上げた通り。私が全てを捧げたいのは真緒理様だけですので」
あぁ、『私の全てを捧げる』と言えば……小さい頃、大好きだったお姫様系の物語の数々。幼稚園の友達の殆どが「白馬の王子様」に憧れる中、私は「黒馬の騎士様」の方が好みだったっけ。どちらかと言うと自分がお姫様になるより、カッコイイ騎士になりたかったんだよね。
「分かったわ。頼りにしちゃうわね」
「勿論です、真緒理様……あ、奥様とお呼びすべきですね?」
「うーん、奥様……なんだかピーンと来ないけど、そうすべきよねぇ」
契約結婚だけど、そう呼んで貰った方が《《ホンモノの夫婦》》という感じになるかな。
「はい、それが宜しいかと。瑠伽様の事は旦那様とお呼びしますから」
『奥様』、『旦那様』……改めて言われると照れくさい。照れを誤魔化す為、蓮が煎れてくれた緑茶を飲む。未だ夕飯の準備までには時間がある。蓮も来たばかりですぐに仕事をさせるのも気が引けるし、久しぶりに少しおしゃべりに付き合って貰おうかな。
「そう言えば、小さい時……私と瑠伽と蓮の三人で、『お姫様ごっこ』したの覚えてる?」
にわかに全く関連のない話をし出したから、彼はほんの少し驚いたようにキリリとした眉を上げただけですぐに優しい笑みを浮かべる。やっぱり優しいなぁ、蓮。
「ええ、勿論でございます。当然、奥様はお姫様役で。旦那様と私、どちらが王子役をするか揉めましたね」
「そうそう、でも私、王子様よりも騎士の方が好みだったから……」
「それを聞いて、旦那様も私も今度は騎士役をやろうと揉めましたね」
「うん、面白かった!」
あの頃は無邪気で楽しかったな。瑠伽も蓮も私の事大好きなんだと信じて疑わなかったし、自分の事を可愛くて綺麗なヒロインだと思い込んでいたっけ。まぁ、わりとすぐに現実を知ったんだけど。
そう言えば、アーサー王伝説の『ランスロット』は、王に忠誠を誓う騎士の中の騎士……ではなく。美形で強いだけの、女癖の悪い略奪不倫男だった、て知ったのはいつだったろう?
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