玖
「私は魔王の指先、9指のアイドロイだ。レフト君、先程から君が盾を構え続けたのは良い判断だ。」
奴の発言から空気が変わった。
ライトは怯え始めてるし、もし戦闘になったとすれば、腕を片方無くしている今はまずい。
きっと奴なら、シェラはともかく、俺ら2人ぐらいは直ぐに殺すことができるだろう。
「君達を怖がらせてしまったかな。これでは、君達は私の話をまともに聞いてくれないだろうな。」
アイドロイは一人でぶつぶつと何かを言っている。
シェラはシェラで戦闘態勢に入ることはなく棒立ちをしている。
まさか……コイツは俺らを売ったんじゃねぇか?
「アイドロイさん、お話しってなんでしょうか?」
ライトは絞り出したような声を発した。
「ライト君、君は臆病ではあるがいざという時に行動を起こせるようだ。
しかし、もう一人のレフト君は何やら考え込んでしまっているようだ。このままでは、ラチがあかないな。」
アイドロイはそんなことを言ったかと思うと、空にあげた両手を首元へと持って行き、そのまま自身の首を切り落としやがった。
とっさにライトの目を隠し、その後アイドロイの方を見たが、アイドロイの切断面には血どころか肉や骨すら見えなく、何やら奇妙な線などが切断面いっぱいに詰まっている。
「ったく!!アイツは何がしたいんだ……」
「私は君達に危害を加える気はない。とこれで伝わったかな。」
しばらくして空からアイドロイの生首が落ちてきた。
それを見てライトが悲鳴を上げ、シェラはポカーンと口を開けている。
声も出ないということを伝えたいのだろうか。
フードをなくした生首は虹色のようにカラフルな髪色以外、これといった特徴はなく、何処にでもいるようなありふれたおっさんのような顔をしていた。
「このままでは、無駄な時間を使うことになるから、本題に入るがよろしいだろうか?」
全員がアイドロイの姿に絶句した沈黙を奴は肯定の沈黙かと思ったのか奴は話を始めた。
「では、君達に交渉したいことがある。シェラ君を私にくれないだろうか?」
「えぇぇぇ!!!」
ライトは驚きの声をあげ、シェラは俺の方を見て何か答えてくれといった目で見つめてくる。
「断らせてもらう。シェラは俺らの仲間だ。それにシェラの所有権は俺にはない。」
アイドロイは俺の後にライトに目をやり、ライトは全力で首を左右に振った。
「シェラ君と共に行動をしているから君達が製作者なのかと思ったが、どうやら違うようだな。」
製作者?俺とライトが結婚しているとでも言いたいのか?
そう見えるのなら嬉しいがシェラの見た目を考えればすぐに俺らがそんなんじゃねぇって分かるだろうが。コイツもバカなのか?
「では、改めて交渉材料を増やそう。
シェラ君を私にくれるのなら、私は君達の旅に同行しよう。魔王を倒すのも手伝ってやろう。」
アイドロイは至って真剣な眼差しでこちらを見てくる。
「アイドロイさんにシェラさんはあげません!!
それに魔王の指先の言うことなんて信じられるわけないよ。」
ライトが俺の疑問と回答を代わりに言ってくれた。
「やはり、その称号が仇となるか……
では、ライト君の疑問の回答をしよう。
私はより良い研究設備を用意してくれるので魔王軍に入った。
魔王にはこれっぽっちも尊敬の意はないし、今の研究設備以上の物があるのなら簡単に魔王を裏切る。」
その男の語りには一切の嘘を感じられなかった。
何としてでもと言う男の強い意志を感じた。
「そもそもそんな簡単に裏切る奴を仲間に入れても、また裏切られる可能性すらあるだろ。」
俺の発言でアイドロイは何も言えないと言うふうに口を閉ざした。
「では、交渉は決裂だ。私は後日、正々堂々と君達からシェラ君を取りに行く。
そうすれば君達も文句はなく、シェラ君にも納得してもらえるだろう。」
アイドロイは急に開き直ったように口を開け生首だけでぴょんぴょんと跳ね始めた。
これは、ライトに見せて良い絵面なのだろうか………
「正々堂々と言ったからには、君達は万全の状態を整えてくれ。
レフト君、君は片腕がないようだが、人間の力ではその腕は治せないだろう。
君達がきた方向をずっと真っ直ぐ行けば、亜人が暮らしている街があったはずだ。
もしかすれば、そこの女王に聞けば、治療魔法を使える亜人がレフト君の傷を直してくれるかもしれないな。」
奴はそう言い残すと足はないが表現するのなら足早にと言った感じに去っていった。
「お兄ちゃん、目的地は決まったね。」
「レフト、私は彼の言っていたことは本当だと思います。」
確かに奴の言っていたことが事実ならそこに行けば俺の腕を治せるかもしれない。
ライトが目を輝かせているし、今は奴の口車にでも乗ってやるか。
「次の目的地は亜人の国に決定だ。ここまで走りが続いたからな、しばらく休んでから出発だ。」
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「そういえば、アイドロイさんの体ってどうなっているんだろう。」
「確かに、首を落としてもケロッとしてやがったし、血なんかも垂れなかったよな。」
やはり、アイドロイの切断面などを確認したところ、機械である。と推測できました。
しかし、彼の動力源や、体を構成している物質のほとんどは地球にあるデータに該当しない物質ばかりでした。
彼を見れば、容易に機械であると推測できると思うのですが、2人は彼について考察しています。
予測、もしかしたらこの世界では機械そのものが貴重である可能性があります。
現在、私が街で確認した機械類はシャワーと、治療設備のみでした。
私の元々持っていたデータの通りであるならば、娯楽用品などが其処彼処にあっても良いはずなのに、今まで確認できていません。
また、電柱やインターネットに該当する物質も確認できていないので、ライトの話が本当だと仮定すると、電力の代わりに魔力という物を流し込むことによって電動力となり使用することができるようです。
このエネルギーは元々の世界にも実在するのでしょうか?
データがないだけであって、もし元々の世界にもこの魔力というものが存在するとしたら、費用を削減することができる可能性があります。
「シェラ、聞いてんのか?そろそろ出発するぞ」
レフトが私の肩に手をかけ揺さぶってきました。
これは生存確認の動作?なのでしょうか。
「申し訳ございません。少し考察をしていました。出発ですね。了解しました。」
端的な謝罪に、質疑の受け答え。
データに情報伝達は簡単に。という記載がありましたので実行しましたが、中々良くできた返しなのではないでしょうか?
「シェラさんの準備も大丈夫だね。じゃあ出発!!」
軽く流されてしまいましたか。少々悲しいですね。
ライトが前を進み、レフトは引率教員のような眼差しでライトの後を追いかけその後ろを私が着いていきました。
そこから、アイドロイの言った通りに真っ直ぐ進みました。
道を歩いていて思ったことがあるのですが、この世界での道は全く整備されていなく、現実世界で例えるのなら獣道がずっと続いていると言えば分かりやすいでしょうか。
その上、車がないことはもちろんわかっていたのですが、今まで歩んできた道には車輪跡のある道は確認できませんでした。
前々から車を確認することができなかったので、その点は把握していましたが、台車や馬車といった、荷物運びの移動手段までこの世界にはないということなのでしょうか。
きっと、この世界の人間は皆、レフトのように荷物をわざわざ持ち歩いて運ぶという非効率的なことを行なっているのでしょう。
魔力を使った独自の技術を持っていたのに、道具を持ち運ぶことは手間をかけて行うという独特な風習でもあるのでしょうか?
三人は長い距離を歩くことで疲れたのか、ほとんど口数も交わさずに城門までたどり着きました。
「君達は旅の者かね?」
城門にたどり着くと、槍を片手に持ち、兜を頭にかぶった男が2名いました。
「はーい!!私はライトって言います。此方はレフトお兄ちゃんに、こっちはシェラさん!!」
ライトは手を挙げ大きく返事をし、2人を指差し自己紹介を行いました。
「レフトお兄ちゃん……ライト……まさか!!」
「おい馬鹿!!ここは亜人の国なのに俺たちが人間だと分かることを言ってどうすんだ!」
レフトはライトに指パッチンを食らわせ、ライトは少し涙目になっていました。
しかし、この展開は非常にまずいです。
相手が人間と分かればそう簡単に通してくれないと思いますし、ロードレスを倒したと報告が入っていれば出禁は必須になると推測できます。
「レフト様、ライト様でしたか。どうぞお入りください。」
ライトは喜び、レフトは面食らった顔をしている。
「すみません、一つ確認したいことがあるのですが、ここは亜人の国で間違いはないのでしょうか?」
このまま入るのは、少し疑問に思い、私が問いかけました。
すると兜の男が答えてくれました。
「確かに、ここは亜人の国だ。1年前まではな。
一年前にここに住んでいた魔物を討伐して俺たちの新たな街にしたのさ。」
男はそんな事を当然のように言うと、ライトは少し表情を曇らせました。
「もしかして、亜人ってもういなくなっちゃったの?」
亜人がいないのならここに来た意味がありません。
もしかして、アイドロイは嘘をついたのでしょうか?
「亜人を探してんのか。珍しいな。そういえば、城門を入って左のほうに壁伝いにいった時に、戦いで負かした亜人を商売に出してる奴隷商人がいたな。
ただ、あそこの奴隷は買われては戻ってなんてのを繰り返してるらしいから用心しておけよ。
噂じゃ、あの奴隷を買った者は不幸になるって噂。
俺の知ってる限りこれ以上の情報はないが、それで大丈夫か?」
今まで黙っていた方の兜の男が気楽に答えてくれました。
気楽な兜はもう1人の男に叱責されてましたが、ライトは感謝を告げ、レフトは少しにこやかとして城門を潜っていきました。
兜の言っていた通りに、左の壁を伝って歩いていくと、何やら地下へと続く階段と、看板に極秘のお店と、書いてある場所に行き着きました。
看板にあまりにも堂々と書いてあるので、これは、看板が店名であると推測されます。
「こ……ここだよね?」
「それっぽい所は、ここしかなかったからな。」
2人が疑問の声を上げるのは当然なのでしょうか。
とりあえず、その階段を降りていくと、そこは6畳間ほどの小さな空間がありました。
「おや?お客様ですかな?」
そこには裕福そうな服を着ている太めの、男爵ヒゲを生やした男が椅子に座っていました。
「はい、そうです。ここにお兄ちゃんの手を治せるような子はいますか?」
そうライトがレフトの手を指差し聞くと、店主は少し顔をうつむかせた。
「申し訳ございません。奴隷の販売は行っていても、どのような魔法が使えるか、などの人知を超えた力の把握はしておりませんので。」
演者のようにわざとらしく片手を体の前に差し出し男は謝礼をした。
「じゃあもう商品を見せてくれ。」
レフトが言うと、奥にあったカーテンが開き、そこには檻に入った犬の耳と尻尾を生やした以外、さほど人間と大差がない気弱そうな女性の姿があった。
身長は160cmほどで比較的大きめ。
服装は奴隷といわれるほど汚らしい服装ではなく、ちゃんと毎日洗濯しているかのように清潔なショートパンツに、Tシャツといった簡易な服装をしている。
「商品は此方になります。それに現在、他の商品は売れてしまっていて此方がラストの商品になります。」
「ねぇ、貴方はお兄ちゃんの傷を治せるの?」
ライトが亜人に向かって声をかけると、亜人はそっぽを向いてしまった。
「少々気性難な子なのですが、いかがでしょうか?お安くしますよ。」
店主はわかりやすくてを擦り合わせて商売笑いを浮かべている。
「ライト、コイツしかいないんだってよ。
答えない以上、買うしかないだろ。」
「そっか……貴方も付いてきてくれる?」
相変わらず亜人はライトの問いに答えようとはしませんでした。
「おい、奴隷って呼んでいる以上、コイツを買ったら言う事を聞くんだろうな?」
「それは勿論のこと。しっかり仕込んでいますので。」
「コイツをくれ。値段はどんくらいだ?」
「そうですね。このくらいでいかがでしょう?」
店主は片手を開きレフトに手を向け、レフトが渋々と硬貨を5枚ほど差し出しました。
「ご購入ありがとうございます。ヒマワー、この人たちがお前の主人だぞ。」
硬貨を受け取ると、早速懐にしまい込み、檻の鍵を開けました。
ヒマワーと呼ばれた亜人が檻から出てきました。
「それでは、商品がなくなったので店じまいとします。皆さんはお早めにお立ち去りください。」
店主がそう背中を押して私たちは店から追い出されました。
「自己紹介からした方が良いよね。私はライト。よろしくね。」
「俺はレフトだ。」
「私はシェラと申します。よろしくお願いします。」
ライトが微笑んだのを見て、私も微笑みを浮かべておく。
このような場面ではこの表情をした方がよろしいのでしょうか。
レフトは真顔でしたので、本当に正しい事なの疑問に思います。
「アタシは、ヒマワー……よろしくお願いします……」
先程まで無視を通していた姿はどうしたのか、やけに元気なさげにしょぼんと自己紹介をした。
犬耳と尻尾をしていて、服装も簡単なもの。
目はややツリ目で大きく八重歯が見え隠れしている。
髪色は茶色をベースにした落ち着いた色をしています。
「うん、よろしくね。」
ライトがヒマワーに手を差し出した。
「よろしくお願いします……」
ヒマワーも手を取り握手を行なった。
新たな仲間といったお話でしょうか。
そこらで、たくさん出ている奴隷の子やぞ。
後々彼女をメインに置いた話も構想は既にできているのでその時にもっと彼女のことを知ってあげてください。