漆
「シェラさん、投げて!!!」
「お願いを承認します。」
私は最初にロードレスが座っていた岩を最大出力でロードレスに向かって投げつけました。
ドーンッ!!と大きな音が鳴り響きました。
これの成功率は40%ほどですがどうでしょう?
ライトの声がした方から流星群が流れていくのを確認しました。
いえ、これは流星群のようなものですね。これが、ちょっとしたジョークという文化なのでしょうか?
周囲を確認中。レフト、ライトのダウンを確認しました。
この調子なら、恐らく彼らが標的にされる事はないでしょう。
そっと私はロードレスの元へと近づきました。
「重くて体が動かない。それに、何なんだこの小賢しい者たちは。いや……ここなら……」
「はい。ご名答です。彼らはライトが連れてきたバイシン。戦う場所をこの裏口森としたのならこの程度想定済みかと思いましたが、想定していなかったのですか?」
ロードレスは下半身が岩で押しつぶされており、岩の下からは少しずつ腐乱臭がしていき、上半身は無数のバイシン達がロードレスの体を食べ始めているのでした。
「いや、俺は此処でこの時間にお前たちが戦おう。と言っていたという知らせをつい先ほど受けただけだ。お前たちが望んだ場所ではないのか?」
「いえ、私たちはお手紙でこの場所で戦うというお手紙を貰いました。遅れたら国を滅ぼすと手紙には記されてありました。」
「待ってくれ。私はそんな卑怯な脅し文句を使う者ではないぞ。私の名前に泥を塗りやがって……」
確かに、彼の態度からは正々堂々の精神が感じられていました。
相手が小賢しい戦術を使っても、彼自身からは撤退するか、戦うかの二つの意思しか伝わりませんでした。
「お互い望まぬ形だが、決着はついた。私の首をはねて終わらせてくれ。」
「お願いを却下します。」
「グハッ……」
私は頭部に向かって刃を差し込みました。頭部の奥へ、奥へと刺しこんだ時には既に嗚咽もロードレスからは感じ取れませんでした。
アンデッドは光が弱点という情報がありましたが、失明を催すほどの閃光弾をまともに食らっても目にしかダメージがいかなかった。
レフトとライトが出会っていた姿と違っているのに、意識は同じであったこと。
その上、脳が腐っている筈なのに正確にものを考えることができていました。
以上のことを踏まえた上で推測すると、彼はアンデッドなどではなく。
「ロードレス。貴方はアンデッドではなく、頭部に寄生して無理矢理神経を動かし身体を操作していた寄生虫ですね。」
私の推測が当たっていたのかはわかりませんが、彼からの返事はありませんでした。
恐らく、頭部を跳ねるのも最後は潔い最後にしたいのではなく、頭部に寄生していたので、首を跳ねていただけでは彼はきっと生きていたのでしょう。
彼は最後まで生きようとしていたのだと推測できます。
「推測、モンスターのことを知能を持った怪物としてデータに記録していたのですが、どうやら[人間と対して差のない生物]と更新させていただきます。」
宿主は既に死んでしまっている上に、モンスターの脈を図るにはまだデータが足りていません。
とりあえず、今はレフトの止血と応急措置を優先します。
私は蹲っているレフトと倒れ込んでしまったライトを抱えて揺らさないように国の方へと走っていきました。
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眼が覚めると、そこは見知らぬ天井があった。
うぅ……体が重い……手足も動かせない……
声を発しようとしたが、口には呼吸器が付いていて言葉を発することもできなかった。
「先生!!お兄ちゃんが目を覚ましました!!」
「レフト、心配したんだぞ!!」
横目で声がした方を見ると、開いたドアと涙する母親、俺を見て喜んでいるクソ親父。部屋の隅でスリープモード?に入っているであろうシェラの姿があった。
しばらく待っていると、ライトが医者を連れてきてくれた。
「はっきりと、話させてもらいます。レフト様の命に別状はありませんでした。」
医者の発言に歓喜する妹や母親、ともう1人がいた。
ともあれ、これで旅は続けられる。また妹を守ることができる。
ここまで運んでくれて、ロードレスにとどめを刺してくれたであろうライトとシェラに感謝しなければな。
しかし、和やかな雰囲気から一変するそんな続きを医者は包み隠さずに語ってくれた。
「しかし、左手の損壊は我々の手では治すことが出来ません……そして、シェラさんから一昨日のお話を聞きました。もしかしたら、視力にも問題があるかもしれません。そこは後々検査しなければいけません。」
一昨日……そんなに俺は寝ちまってたのか。
まぁ、無理もねぇ。あんなに出血して体に異状がねぇのが不気味な話だ。
「先生……お兄ちゃんの手は……直さないのですか……?」
ライトが必死に涙を堪えて医者に聞いた。
「すみません……我々の技術では不可能な話です。さらに辛い話になるかと思いますが、この国の医療技術で無理ならば他の国の病院でも治療をすることは難しいと思います。」
まぁ、そりゃそうだよな。
王族の特権で最大級の手術をさせてもらって、命まで助かってんだ。
この血筋に助けられたのは恥だが、今は仕方なく王族の権力に感謝することにした。
「あまりオススメではないですが、左手が回復する方法自体は存在しています。」
「えっ!?お兄ちゃんの腕を治せるの!?」
「ただし、この方法は下手したらレフト様の命が亡くなってしまうかもしれません。」
未だに重苦しい雰囲気が続いている。
「プログラム、起動します。」
それなりのタイミングでシェラが起きたようだ。
しかし、眼が覚める時に毎回言っているあの言葉は何なのだろう。
「皆さん、魔法という物をご存知ですよね。」
「あれだよね。私たちが道具を使って使えるやつ!!」
「はい、その通りですが、人間の力ではレフト様の腕を治すのは不可能と説明しましたよね。」
全員が顔を見合わせて頷く。
「ですが、治癒魔法を使うことができる一部のモンスターなら、レフト様の腕を治すことは可能であると考えられます。」
とりあえず、解決の糸口は少しずつ見えてきたな。
緊迫した雰囲気が漂う中、医者は語り続ける。
「しかし、モンスターの魔法は未だに未知なものの上、モンスターが安安とレフト様に治癒魔法をかけるわけがありません。
治癒魔法と偽って、攻撃魔法でレフト様の殺害を謀るモンスターもたくさんいるでしょう。」
その言葉を最後に沈黙が続いた。
だが、俺からすれば既に死んでいたかもしれない命を救われた上に、また左手が治る可能性まである。
左手さえ治ればまた、ライトを守ってやることができる。
「レフト、もう危険な旅はしなくて良いの。王宮に戻るつもりはない?」
母さんが涙ながらに俺に訴えかけてきた。
確かに、王宮に戻れば妹との平和な暮らしが出来るかもしれない。
だが、恐らく、手紙に書かれたことに偽りはない。と示すためだけに殺されてしまったオキロメタや、他にも罪のない人たちが殺されてしまうかもしれない。
それに、俺たちのせいでこの世界に召喚されてしまったシェラがそれでは救われない。
そして、王宮に戻っても王の一族として顔色を窺われて生きる生活に戻るのもごめんだ。
俺は、そっとライトに向かって瞬きをした。
「お兄ちゃん、また旅に出るんだって……」
流石、何年も一緒にいる妹だ。アイコンタクトだけで伝えたいことが分かったようだ。
母さんは、どうして……とボヤきながら再び涙を流していた。
クソ親父はこの言葉を聞いて満足したのか、何度も頷きながら病室を出て行った。
「次の目標を確定しました。優先はレフトの治療。次点で魔王軍の討伐。最終的な目標として、戦いを終わらせる。に変更いたします。」
「だよね。やっぱりお兄ちゃんの手は絶対治るよね。」
流石、シェラだ。この悲しみに明け暮れているムードを空気の読めない発言で一瞬で書き換えてくれた。
正直、何を考えてるか全くわからないがシェラも俺のことを思っての発言をしたのだろう。
しかし、母さんにシェラはつまみ出されてしまった。
つまみ出される時に、どこかおかしな所があったのでしょうか?と母さんに聞いていたシェラを見て、少しばかり頬が緩んだ。
その後に聞いた話では、俺が退院するには、傷の回復を早める補助アイテムを使ったとしても、最短でも今日から3日は掛かるそうだ。
いくら、魔王の指先の1人を倒したからといって、ここまで2人を待たせてしまうのは、少しばかり悪いと思っている。
退院したら、軽く食べ物でも奢ってやるか。と2人の笑顔を想像して口角を少し上げた。
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お兄ちゃんが目を覚ましてから2日の時が過ぎていた。明日には、お兄ちゃんも退院できる。
その内に、私たちは出来ることをやっておかないと……
お父さんと、お母さんは国の行政で忙しいということで看病は、私とシェラさんの2人で交代ですることになった。
たまにお母さんも様子を見にきてくれるが、ものの10分ほどで帰ってしまう。
けど、お仕事も大変だろうし、忙しい中合間を縫って看病に来てくれるお母さんには感謝しないと。
ただ、長男は未だにお兄ちゃんの病室に顔を見せることはなかった……
そんなこんなで、片方が看病しつつ休憩を取っている内に、もう片方は治癒魔法を使うモンスターについての聞き込みを行うことにしていた。
一応私は、国の中では交友関係がかなり広い部類だと思っていたけど、私が声をかけた人には誰一人その情報を持っている人はいなかった。
中には、モンスターに頼るなんて……と顔を顰める人もいたが、お兄ちゃんの為。多少の悪評は甘んじた受け入れなければいけない。
「はぁ……今日も知っている人はいなかったなぁ……」
勝手に口から独り言が溢れてしまっていた。
重い足取りで病室に向かうと、医療器具のほとんどが取れ顔色も回復してきたお兄ちゃんと、何やら紙を見つめているシェラさんがいた。
「悪いな。ライト、毎日来てもらって。」
「謝らなくて良いよ。お兄ちゃんが一番大変な役割を引き受けてくれたんだし、このぐらいは当然だよ。」
軽く笑顔を作って、お兄ちゃんに手を振った。
「シェラさん。そろそろ交代だよ。」
そう言って、シェラさんの背後から声をかけてみた。
きっと、シェラさんの見つめている紙が見たくて、そんな行動を無意識にしたんだと思う。
「シェラさん、何を見てるの?」
シェラさんが見ている紙は、真っ新な白紙であった。
「ライトも、これが白紙に見えるよな。」
「えっ!?違うの?」
シェラさんを見ると、口を開けて両手を開いて頭の横においた、いかにもと思わせるオーバーリアクションをしていた。
見ているこちら側がキョトンとした表情になってしまっていたと思う。
「人間は驚きを伝える時にこのようなリアクションを取るとデータに記載されていますが……此方の世界では存在しない表現なのでしょうか?」
「えっと……ちょっとわからないかな?」
「いや、今の顔をお前がすんのは、面白かったぞ。」
お兄ちゃんは、ケラケラと声に出して笑っている。
元気になったのは良いけど、病院ではもうちょっと静かにしててほしいかな……
「いえ、驚きを伝えたかったのですが、上手い伝え方が分からず申し訳ございませんでした。」
「いや、良いよ。次からは今のリアクションをしたら、驚いたって受け取るね。」
「ハハッ…また今のすんのかよ。想像するだけで腹痛くなる。待て、落ち着かせてくれ。」
より一層お兄ちゃんの笑い声が増していく。
病室の前を通った看護師さんに軽く睨まれてしまった。
きっと、立場上文句は言えないと言うことで少し睨むことにしたのだろうか。
うちのお兄ちゃんがごめんなさい。看護師さんの姿が見えなくなってしまったので内心でしっかり謝罪しておく。
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「まぁ、本題に入りましょう。あなた方2人から見ると、此方の紙は白紙に見えるのですか?」
私とお兄ちゃんはそっと頷いた。
「ところで、その紙には何が書いてあるんだ?」
「この紙には、場所と時間しか記されていません。送り主の名前すらも記載されていないので、それ以上の事は、すみませんがわかりません。」
その聞きたい内容をぼかしてきやがる。
空気が読めないだけか、俺を舐めてんのか。
「なら、時間と場所だけでも教えてくねぇか?」
「場所はホールド池。時間は今日の21時と記載されています。」
あぁ。素直に返答してくれたし、この反応は多分空気が読めないだけか。
「一つお聞きしたいのですが、ホールド池とは何処の場所なのでしょうか。」
さっきまで白紙と睨めっこしてたのは、場所がわからなかったからなのか……偶にこいつが馬鹿なのかと、感じることが増えてきたな。
「シェラさん、待っててもらって良い?家からこの国周辺の地図を持ってくるね。」
そう言ってライトは、走って病室を出て行ってしまった。
おいおい、病院で走るのはやめてくれ妹よ。
後で医者に謝っとかねぇとな。
しばらく待つと、妹が汗だくの状態で戻ってきた。
「シェラさん、これ。」
そう言うと、ライトは俺の部屋にあった地図を持ってきていた。
勝手にお兄ちゃんの部屋に入ったのか……所で、なんで引き出しにしまってたお兄ちゃんの地図を平然と持ってきているんだライト……
妹のまさかの行動に声が出ないでいると、シェラは地図を30秒ほど眺めると、そっとライトに手渡した。
「正確な地形という検証結果はありませんが、大凡の地形を把握しました。」
「凄い!!もう地図覚えちゃったの?地図持ってかなくて大丈夫?」
「はい。データを記録するためのデータベースが私の中にありますので。」
偶にわからんことは言うがコイツは天才だな。馬鹿と思って悪かった。
「でも、差出人も分からないのに、そんな遅くに、ホールド池なんて行くのは怪しくない?もしかしたら、ロードレスの時みたいに、魔王軍の刺客かもしれないよ?」
「いえ、ホールド池には過去に行ったこともありますし、差出人も検討がついているので大丈夫です。」
シェラがホールド池に行ったことなんてあったのか……?
「私の移動時間では、およそ1時間程度で到着しますので、20時前にはここを出ます。もし、24時になっても帰らないようでしたら迎えにきてください。」
「うん。時間までもう少しあるけど、気をつけてね。」
俺らが隣の村まで着くのに2時間、そっからホールド池に着くのにも2時間近くかかるのに、そんな遅くに出て間に合うのか?やっぱりコイツは馬鹿だな。
「まぁ、時間に余裕は持っていけよ。」
「ご忠告ありがとうございます。」
丁寧にシェラは一々首を下げてくる。別に俺らを贔屓してそんな態度を取っているわけではないと知っているが少しばかり俺らにラフに接してくれても良いのでは?と感じはじめてきた。
「そう言えば、魔王の指先などについて、話をしてもらえると、先日伺ったのですが、そちらの話をしてもらってもよろしいでしょうか?」
「あぁ、そんなことあったな。良いぜ。時間まで話してやる。ライトは聞き込みで疲れてるだろうし、寝てても良いぞ。」
「ありがとう、おやすみ〜」
ライトはそう言って、病室を出て行った。
「そうだな。まずは…………
そろそろ、この物語の主人公はレフトと気付いてきた人が多いのではないでしょうか。
群像劇をやろうとしましたが、私の実力では力不足のようです。