拾陸、伍
報酬分の任務を終わらせて依頼主の元へと帰ってきた。
場所は大分遠かったものの、俺の魔法を使えばある程度の移動は苦ではなかった。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
否、全身の筋肉が動かず息を荒げたままその日は意識を失った。
日が登り最大地点に到達した昼下がりごろに俺は目を覚ました。
どのくらい寝ていたのだろうか、1日ならば早い方で長ければ3日は意識が目覚めないこともある。
俺の魔法は長距離移動を可能にする。
ただし、移動した分体中のエネルギーを使う。
また、命に支障をきたす距離へは移動することができない。
簡単に言えば、50mほどの距離を移動したとすると、移動先に50mを全力で走りきった時の疲労感が一気に溜まるといえば伝わるだろうか。
人間や、ドルイドなどの体力の少ない種族にこの能力が与えられたら大変なことになるが、あいにくと俺の種族はデミクリーチャーだ。
自分自身でさえも自分が生物であるか、物質であるかどうかは判断がついていない。
移動先は依頼主の家の庭地だったはずなのだが、誰かが運んでくれたのか、俺はベッドで眠りについていたようだった。
俺が目を覚ましたことに気づいたのか、薄く、光を通すぐらいのカーテン越しに、影が現れた。
この表現は実際に先程までカーテンに何も写っていなかったのだが、次にカーテンに気配を感じた時にはシルエットが浮かび上がっていた。
そのシルエットは人や獣などのシルエットは形が異様に違っており、生物らしさも感じられなかった。
「目的は達成できたのか?」
カーテン越しから低く太い声が聞こえてきた。
「申し訳ないのだが、その件については、失敗をした。
そもそも事前情報には対象者には護衛はいないと話に聞いていたのだが、2人の護衛がいて、そのうちの1人はとんでもなく強い奴だった。
おじさんも命の危険を感じたので逃げ帰ってきたというわけだ。」
「そうか。貴様に渡した金額では足りなかったと。」
俺の情報は一部の魔物たちの間では殺し屋としてすごく有名だ。
金額通りの仕事を遂行し、ムラのない働きぶりが巷では徐々に話題になったらしい。
「だが、勘違いはしないでくれよ。
おじさんもできる限りの仕事はしたさ。
勇者のうちの1人である女性の方の勇者の足必ずは潰した。
あの足では二度とともに冒険をする事は不可能であろう。
きっと、2人で共に様々な苦難を共にしてきたであろうレフトには多大な精神的なダメージを与えられたであろう。」
その言葉を聞き、カーテン越しに相手は笑い出した。
「金貨10枚程度ではその程度の仕事ぶりであるか。では、何枚までつぎ込めばその4人を確実にやってこれるのだ?」
その言葉に正直俺は返答を迷っていた。
金額であればすぐに提示することが出来るのだが、こんな俺でも少しくらいは良心が残っているらしい。
やっと新たな居場所を見つけることができたあの少年の未来を簡単に奪って良いものかという葛藤だ。
「それなんだが、正直その強い奴の強さは未知数だ。
音を立てないように弓矢で狙撃を試みたがすぐに気づかれてしまった。
移動速度も俺よりも速い上に、すぐに狙撃手を追撃するという判断力も併せ持っている。
こんな未知数の強さを持つ相手におじさんは値段なんてつけ難いところだね。」
そんな言葉を返すとカーテン越しでつまらなそうな声が聞こえた。
「評判だけで雇ってみたら飛んだ期待外れの弱腰男だな。
だが、1人を離脱させた点だけは感謝しよう。
要件は終わりだ。もう貴様に用はない。帰れ。」
そういうと同時にその部屋に入ってきた奇妙な小人達に家の外へとつまみ出された。
今回の依頼人の、4指のディスペアー。
極めて堅実で臆病な男であり、自身の姿を人目に表す事は滅多にない。
基本的には彼独自の信頼した部下や、人を雇って自身の仕事を任せている。
少しずつ、確実に自分ができる仕事だけを行い着実に地位を築いて魔王の指先になった男。
俺の情報収集を得意とする魔法を用いてもこの程度の内容しか、知る事はできなかった。
まぁ、仕事も終わったので、何処か近くの所を適当にぶらつくとするか。
俺は趣味である散歩をするために既にクタクタの体を動かし、移動を始めた。
おじさんの小話です。
それ以上でもそれ以下でもございません。