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6 校外学習

「みんな、どこなの」

 漁港の廃屋。夕方にはまだ時間があるはずなのに、すでに風が強くなり、廃屋から外へ出ることはもう危険だった。チエに先導されてこの廃屋に迷い込んだのは、ほかにカズキと同じ班の山梨ヨウコ。彼らが迷い込んだのは、ユウキたちがチエの校外学習説明資料の中に、偽の集合場所のチラシを混ぜ込んでいたためだった。


 ・・・・・・・・


 夏の陽が火山島の影を濃くする。海原を進む快速船は、きらりきらりと周期的に光を反射する。


 もうすぐ船は伊豆諸島の神居島に接岸する予定なので、船全体があわただしい空気に包まれていた。岸壁は小さく、なぎの時にしか停泊できないこともあり、船員たちはてきぱきと動いている。

 接岸すると、新小岩高校の生徒たちは、クラスごとに小走りに降りていく。すでにいくつかのクラスは数十段の階段を駆け上がり、崖の上に見える展望広場に整列し始めていた。そして、養護教諭とともに最後に目立たぬように降りてきたのがチエだった。


 生徒たちは展望広場にグループごとにテントを設営する作業を始めていた。ただ、チエのテントは、養護教諭やほかの引率教諭によってほかの生徒たちから隠された、森に入り込んだ位置にあった。

「生徒全員、集合、整列せよ」

 引率教諭たちが号令をかけ、指示を与えている。

「いいか、台風が予想より早く接近している。今夜一晩のみとなってしまうが、それでも今夜で各自が自炊を経験してほしい。そして明日は手早く撤収することを覚え、緊急時における行動を考察してほしい」

 夏の迷走台風が接近していた。


 ・・・・・・・・


 引率の教師たちは、桟橋でチエ達3人の行方をつかむことが出来ないまま、夕方の刻限を迎えようとしていた。

「もう出港しないと危険です」

「しかし、三人の行方が分からないままでは・・・・」

「警視庁などのヘリが捜索を始めています。三人はそちらに任せて引き上げるしかありません」

「仕方ありません。出港をお願いします」

 こうして、生徒たちを乗せた快速船は出港し、東京へと帰っていった。


・・・・・・・・・・・・


 廃屋は、もともとは漁協の事務所だったらしい。一番奥まった部屋のドアを開けると、そこには放置された無線機があり、事務所の無線室だったときの名残をとどめている。

 チエは無線機を分解しながら使えそうな部分をチェックした。

「この無線機が使えるかもしれないわ」

山梨ヨウコが不思議そうにのぞき込む。

「それ、使えるの?」

「やってみるわ。あなた、懐中電灯を貸してくれない。電池の数からみると、たぶん電圧を確保できるわ」

 カズキが驚いて声をかけてきた。

「修理するつもりなのかい?」

「そのつもりよ、アンテナはあるし、うまくいけば…」

 しかし、マイクは使えない。ようやく警察無線の周波数を把握したものの、マイクは使えなかった。チエは、発信回路とアンテナが無事であることを確認し、接点のオン、オフでモールス信号を何度も送った。

 どれほど送り続けただろうか。風雨は強まり、初めから壊れている窓や入口から、容赦なく風が入り込んでいる。やっと悟ってくれた相手が答えてきた。やはりそれは警察の無線だった。

「こちらにヘリコプターが来るわ。迎えに来てくれるって」


 しばらくすると、風が凪いだ時にヘリが、上空からホバリングしながら漁港の広場に止まった。

「さあ、はやく」

 二人を乗せると、チエはあわただしくドアを閉めつつ乗り込んだ。飛び上がり始めた時に風雨が急に強くなった。

「あぶない」

 チエは空いたドアから海へと落ちてしまった。それと同時に太ももに鋭い痛みが走る。海中の何かに足を引っかけたんだろうか。しかし、助けを求めることもできない。もう地上にヘリを降り立たせることが難しいほど雨風が強くなっていた。拡声器がチエに呼びかけた。

「必ず迎えに来る。君は、あの廃屋で待っていてくれ。必ず迎えに来るから」

 風雨は暴風雨となり、ヘリが戻ってこないことは明らかだった。チエは、痛みに耐えながら手を振って見送った。

 

 痛みに耐えながら陸に上がると、太ももの内側をクラゲに刺され発熱しつつあった。それに耐えながら廃屋の中へ戻ったチエは、モールス信号を打ち続けた。

「コチラ、ボウフウウツヨシ。セッキンハムリ」

 それにこたえるように無線機がモールス信号を送ってきていた。伝えてくる内容から見ると、警察ではなさそうだった。

「コチラソウヨク。ブジデアルコトヲシラセロ」

 確かにソウヨクという名前があった。

「コチラカミイジマノチエヨリ、ヒトリデブジ」

「イマヨリソチラヘタスケニイク」

「キケンスギルユエ、コチラニクルコトハサケラレタシ」

 誰が助けに来るというのだろうか。この暴風雨でこの島へ来ることはあまりに危険すぎる。そう心配したチエは、この後何度も危険だと警告をつづけたのだが、返事はなかった。


 ユウトは、水着の上にボディスーツを身に着けて出ていこうとしている。トウヤは慌ててユウトに声をかけた。

「どうやって行こうとするんだ。すでに暴風雨が強いぞ」

「俺は黄土の羽衣を奪い取っています。衆羅の術、土蜘蛛の術を使います」

「それは黄土の影、衆羅たちの手段だぞ。地の底、地球岩石圏は地上に追放された衆羅たちの勢力域だ。その勢力圏を行くことになるんだぞ」

「この下田から神居島へは遠くないから大丈夫です」

「土の中で、どうやって行く方向が分かるんだ?」

たいらさんの心臓の鼓動を頼りに方向を定めます」

 そういうと、ユウトはたちまちのうちに土の中へと消えていった。トウヤは暴風雨の中、叫んだ。

「まだ天使の技も使えないのに。このまま土蜘蛛の術を使い続けると、しまいには衆羅の仲間へと引き込まれてしまうぞ」


 ユウトは大きな音とともに崖から地上に飛び出した。そこはすでに神居島の漁港だった。漁港には人影がない。一番奥に廃屋があり、そこにがたがたと音がしている。聞こえるのは人の気配とチエの鼓動だった。

 漁港に面した崖に雷がとどろく。チエは驚いてガラスのない窓から、恐る恐る外を見た。それは暴風雨の雷ではなく、崖の崩れた穴から這い上がってきた青く光る影だった。

たいらさん」

 ユウトが呼びかけると、奥からくぐもった声が聞こえた。

「わたし、ここにいます」

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