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5 呪いの反射

 チエが学校へ戻ると、シンと静まった夕方の校舎に音のする部屋を見つけた。その部屋だけが明かりをともしている。それは、保健室。カタカタという音とともに、軽金属性の道具類を洗いしまう音が聞こえる。

 チエが戸を開けると、煌々と明かりをともした下に三十歳ほどの保護教諭がいた。

「ごめんください」

「どなた? こんな遅くに・・・・もう全員下校したはずなのに…」

「ごめんなさい・・・・。私、夜でさえこの学校での居場所が無くて…」

「居場所がない? どういうこと?」

「わたし、私、もうこの学校にいられないんです。この一か月の間・・・・足を駆けられて、突き飛ばされて・・・・物は隠されて・・・・いじめられ続けて…」

「そんなことを・・・・。わかったわ。学校がつらくなったわよね。明日からここに来なさいな。私、養護教諭の志門アヤコというの。二年生の授業で倫理社会も教えているのよ。そう、あなたの知っている志門トウヤは私の父。だから安心しなさいな。あなたの居場所はここにあるから」


 次の日、チエは教室に行かずに保健室へ直行していた。そこに、ユウキたちが押し掛けてきた。

「平さん、こんなところに逃げ込んでいたんだ」

 黙り込むチエに容赦のない言葉が投げつけられる。

「こんなところに逃げ込んだら、もう勉強もできないわね」

「これであんたもテストの点数が悪くなって、退学だわね」

 アヤコが奥から出てきた。

「あんたたち、何をしに来たのよ」

 ユウキたちは悪びれる様子も見せず、まるで良いことだといわんばかりにチエを処断し続ける。

「その女、チエは前の高校で不順異性交遊をした汚い女。不潔な女。この学校にいちゃいけないんだ」

 アヤコは、それを遮るように宣言していた。

「あっそうなの。でも、ここは来てもいいのよ」

 ユウキたちはその言葉を受けても受け流し、さらに畳みかけてくる。

「ここに逃げ込んだら、もう勉強もできないわね」

「ざまみろ」

 ユウキたちの言葉は、呪いそのものだった。アヤコは聞くに堪えないという顔をしながら、ユウキたちを睨んだ。

「あなたたち、あまり彼女を馬鹿にしないほうがいいんじゃないの」

 ユウキたちは構わずに悪態をつづけた

「成績が下がれば、この学校に余計居づらくなるわね」

「その時の顔が楽しみだわ」

 ユウキたちはそう言って去っていった。アヤコはそれを見送りながらチエを見つめた。

「安心して。ここで勉強すればいいから。勉強道具はあるんでしょ?」

「いいえ、教科書とか、取られてしまって…」

「そうなの・・・・。わかったわ。先生たちに聞いてあげるから」

 チエは、ふとユウトから渡された問題集を見た。アヤコは目ざとくそれを見つけ、手に取った。

「この本は何かしら」 

「それは、問題集だって言われて知人からもらったんです」

「そうなの、でもこれ、白紙よね」

「あれ!?」

 チエの受け取った問題集は確かに白紙だった。


 次の日、一学期期末試験の範囲が次々と知らされた。チエにとっては、すでに錦糸高校で頭に入っているものばかり。それでも一応復習しようと考え、何気なくユウトから渡された問題集の冊子類を開いた。そこにはなじみのある数学、現代国語、古典、理科、社会、英語の様々な問題が浮かび上がっていた。

 突然、冊子から疑似声音が響いた。

『この問題集にて解法を学べ。そうすれば、すべてが分かる。あなたにはそれで十分だ。・・・この問題集は黄土のカバーの中に青い本体がある。青い本体の中は不確定性の情報がうごめいている・・・・つまり、貴女が得た試験範囲という情報を受けて、貴女が中を見た時に予想される試験の情報が確定表示する』

 チエには、何を言われているのかはわからない。ただ、表示された問題はチエにとってなじみのあるものばかりだった。

「この冊子に表示された問題は、易しすぎるものばかりです。あまり役に立たない…」

 チエは誰ともなく、そう独り言を言って冊子を事務机の上に置いて宙を見上げた。

『やはりそうか? 確かに俺は君には教えられてばかりいたな』

 疑似声音はまるでユウトの話し方だった。

『ではどうするんだい?』

「すくなくともこの保健室で勉強ができれば、復習になります」

『そうか』

 疑似声音にはやや落胆の響きがあった。


・・・・・・


 新小岩高校の期末試験が迫った。例によって、この試験結果によって各生徒たちの夏休みの運命が決まる。すなわち、掲示板には、

「学年平均点の半分未満のものは夏休みの一定時期が補習となる。その間、クラブ活動禁止とする」

という張り紙が出されていた。これは、新小岩高校3学年の学力強化策の一環だった。この鞭によってカズキたちからユウキたちに至る三年生は、全員が試験にまい進することになる。特に、カズキやユウキたちはスポーツ推薦を狙っているため、補修になった時点で進路が閉ざされかねないことになる。

 というのは、夏休みには、スポーツ推薦を受けるために参加しておかなければならない各種の競技大会が開かれる。補習になってクラブ活動禁止となれば、それらの競技大会に出場が認められず、自動的にスポーツ推薦は認められないことになるからだった。

 

 カズキはユウキたちをたしなめていた。

「山田・・お前たち、平さんを保健室通いにしちまって、そのうち痛いしっぺ返しを受けるぜ」

「あんな女、保健室で成績が維持できるはずがないだろうが。授業を受けていないんだぜ。そのうち成績が下がってこの学校に居づらくなるさ」

 カズキはは二か月前に英語小テストを思い出した。

・・・あの時、平さん一人によって残りのクラスメイト全員が補習となった・・・

 カズキはそっと保健室を覗き込み、数日の間チエに教えを乞うのだった。


・・・・・・・・・・・


試験は嵐のごとく過ぎ去った。山田ユウキたちはいつもより良い点数をとれたのだが・・・・。しかし、彼女たちは補習対象となってしまった。

「先生、なんで私たち、補習なんですか。私たちの点数はいつもより上だったじゃないですか」

「いつもの期末テストより平均点が上だったんだ。その結果、君たちは赤点だ」

「平均点が上がった? どうしてですか?」

「今までの期末テストとは違って、満点を取った子がいたんだよ。そう、中間テストと同じ人だ。前代未聞だったね」

「先生、まさか、それって、平チエ・・・・」

 ユウキたちの肩を冷たい手が触る。それが彼女たちを固まらせ、文字通り背中から下を凍らせていった。

「先生・・・、問題を難しくしてって頼んだんだはずだけど、…。私たちそれでいつもよりいい点を取ったんだけど・・・・。なんであの女が満点なんだよ。できなくなるはずなのに・・・」

「彼女は保健室登校だけどね。もしかして彼女ができなくなると思っていたのかね。…なぜそう思ったのかね。彼女を追い込んだのは、君たちだったよな…。そうか、それを狙っていたのかね。それは君が余りにも彼女を見くびったことになるね。それが逆に君たちを追い込んだわけだ」


 ユウキたちはすべて補習、クラブ活動禁止。それは山田ユウキたち新体操での推薦を得るための大会出場を不可能にし、未来を閉じてしまった。

「それが逆に君たちを追い込んだわけだ」

 先生の言葉がユウキたちの頭の中で渦巻いている。呪いを発したユウキたちへ、その呪いが反射していた。

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