犯罪の国
この国は自由の国。
法律一つない国、もはや国と言えるのかすらあやふやだ。
「いや、自由にも限度があると思う」
異世界転生、まぁよくある話。
自分の身に降りかかるなんて思いもしなかったが……いや、思うくらいならあったかもしれない。
異世界に行けば楽しく満足のいく素敵な人生を送れるのだと思っていた。
そうはならないのが現実だ。
生まれた先はただの三流田舎貴族。三男坊だったので引き継ぐものもない。なによりもデパフがついてしまったせいで、婿養子に出す当てもない。
前世と比べれば、すごいイケメンなのに、貴族の血筋で、良いものサラブレッドした顔面の身内に囲まれていると嬉しくもない。
ちなみに僕は学校にこんな顔面のやついたら多少噂になる程度のイケメン。身内は二次元が三次元になった俳優みたいなキャアキャア言われるイケメン。
地味に大人しく目立たないように、それとなく生きようと思っていた。
それも今では10歳の誕生日に潰えた夢だ。
うちの家系は田舎で三流の癖して、長いし古い。
随分と大昔にかけられた呪いで美少女になった。
転生してもついてきた死んだ魚の目はそのまま。
髪が綺麗な葡萄色になって、目が緑。素敵だけど、性別が変わって大いに問題がある。僕知ってる。女子って月一で腹の痛みと戦ってるんでしょう? 年齢的にはあと数年かもしれないし、早ければ明日からとかいう可能性もある。単純に怖い。未知は恐怖。
美少女TSものだと小躍りしたい気分が、それらを思い出した瞬間にしゅんっと収まった。
よく考えれば見目がいい女の子って、異世界ものだとヒロインか悪役かそれとないモブの三択だ。
僕は言わずもがなモブ。
さらには呪いに怯えた貴族どもが出来る限り呪いの証拠を遠くへやろうと、僕を曰く付きの事故物件である別荘に放り込んだ。
何故曰く付き物件を別荘にしていたのか。
そもそも殺してしまうなり生贄と称して竜退治の囮役にするなり使い道はあっただろうに、何故半分放置のような対処なのか。理由は単純。僕を意図的に殺すと別のやつに呪いが移る可能性があるから。狙われるのは次に生まれる者。
そろそろ、はじめての女兄弟である妹が生まれそうだったのだ。占い師によると次の王の嫁になるかもしれないとか。
占い師、というのも僕は信じていない。嘘を言われている可能性の方が高い。
呪い付きデパフ長女(偽)より、王の嫁候補長女(真)のほうが大切らしい。
呪いかかったら長女(四男)になる可能性がある。王の相手は出来なくなるだろう。
そんでもって別荘の曰く付きというのは、別に建物自体の問題ではない。
立地条件、建っている場所が問題だった。
三つほど大国を超えた先にある小規模な国。
そう、別の国に行く。
遠すぎて、最初聞いた時は呆然とした。それだけですでにどうかしているのだが、話はここで終わらない。
その国が問題だった。
自由の国と国民たちが自称する法律が一切ない国。
主権がないから国じゃないのでは?
国の定義自体もよく知らないが、国といっていいのか疑問を覚えるほど不安定であることはわかる。
トップに据えられる人はコロコロまるで着替えみたいに変わっている。でも民がその土地に居座って敵を排斥するから他の国は手が出せない。
別名は犯罪の国。
この国では犯罪が存在しないのだ。
決まりがないから、破ることにすらならない。
なんせ、犯罪者の集まりが国になったような治安の悪さ。かのヨハネスブルグもビックリではないだろうか。
こんな中途半端貴族育ちの坊ちゃん(嬢ちゃん)では到底生き抜けない。死ねと遠回しに言われたようなもの。あるとされている別荘だって、他人の住居になっている可能性も大いにある。
当然メイドの雇われていない別荘だ。空き家さながらで建てられただけ、本当に何のためにあるんだその別荘。
そんじゃ頑張ってねと放り出された今日この頃。
死んだ目で、目的地に向かう。
国内に入ったら安全は誰にも保証されないからと国境に捨て置かれた。戻って他の国に亡命しようにも、身分証がないから結局無理だろう。
入る以外の選択肢が消えた。
いつ殺されるかわからない恐怖と、やっと面倒な貴族生活とおさらばできる安堵。どちらが上かと言われれば前者だ。
怖いから武器代わりにワインボトル持ってきたけどこれで戦えるだろうか。
ワインボトルに殺されてくれるのは、チンピラくらいな気がする。
未知の草原の先にはまるでスラム街のような粗末で稚拙な街があった。
こんなあっさりと言っているが、草原は思いの外広く、数日野宿だった。
地図通りに行くのならばあの街を通るのだが、通ったら最後何かの巻き添えになる予感しかない。
避けていくにも、周辺は見渡しがよく、何コソコソしてんだと攻撃を受けたらまな板の上のナマズになるしかない。
……ナマズって食べられるのだろうか。
少しこの場から様子を見てみた。
やはり避けていくのが正解だったようで、街からの荒くれ者の大騒ぎみたいな声がいやでも耳に入る。
どんな勢いで騒いでいるのか到底検討もつかないが、障害物が少ないからと言ってこの広い野原のようなとこまで聞こえるのだから相当なものだろう。
隠れるように進んでいき、街から少ししたところの丘にたどり着いた。
何にも建ってなかった。
別荘の話は嘘で、死んでこい、とでも言っていたのだろうか。
うわぁ、そんな気もしてたけど、うわぁ。
呆然と立ち尽くしていたら、パッと、一瞬視界に何か見えた。気のせいだろうか。
そんなことより、これからの話だ。
持ち物、ワインボトルと、旅費の雀の涙の駄賃と、キャンプセットと、鍵。
顔見知りは一切いない。どうしたらいいのか全くわからない。
ため息をつきながら、鍵を取り出す。
これもフェイクだったのだろうか。
そうしたらなんということでしょう。目の前に家が立っているではありませんか。
隠蔽の魔術が掛かっていたらしい。防犯だろうか。
そんなもの仕掛けてあるのなら先に言って欲しい。
でもこれで住処の心配は無くなった。
盗られても壊されてもいない。
隠蔽の魔術がしっかり作動しているなら、僕が中に入れば周りからは何も見えないだろう。
襲われる心配のないセーフゾーン。今まさに求めているもののひとつだった。
中は、今世の実家よりは粗末だが、前世の実家とは比べ物にならない程度には豪華だった。豪華な洋館。金色は少し目がチカチカするからいつか模様替えしたい。
埃まみれでもなく、至って綺麗。これもおそらく魔術。
うちの家系はしょぼい魔術士の家庭だ。魔術師兼貴族。生活を豊かにできる程度の魔術ばかりしか使えない。
夢の冒険者魔法無双とか薬売りの魔法使いとかできそうな魔法は思い当たらない。
現実は非情である。
中を探索したところ、二階建てで部屋がたくさんあることが判明した。外見からなんとなく予想はついていたが。
さて、今日はもう疲れたし、やっと室内に入れたのだから風呂にも入りたい。貯蓄の食糧とかもないだろうか。
あれやこれやとしていたら、とっくに朝になっていて、それでも朝寝を邪魔するメイドも家族もいないので爆睡した。
朝だか昼だかわからない時間帯に起床した。おはよう自分。丸一日寝たらしい。
喉が渇いたし、朝ご飯も食べようと思って、昨日漁った食料庫に向かう。
食糧庫の中は保存魔法が効いていて、腐ったものもなくあの黒い悪魔もいなかった。黒い悪魔とは前世で言うところのGだ。あいつは今世でもしっかり蔓延っていた。見たら灰も残さず燃やす所存だ。
クーラーなどの室内設備調節器具がないというのに、この辺りの土地はちょうどいい春の陽気で全く問題ない。何かあっても魔術で対処すればいい。それくらいはできる。
料理もできぬ男であったので、包丁でちょん切ったハムとテキトーに切った葉っぱのサラダで済ませた。
思春期男児の身体ならば物足りなくて困るだろうが、今は違う。お腹いっぱいにこそならなかったが、満足はした。
飲み物は器に魔術で水を注いでなんとかした。キンキンに冷えた炭酸ジュースが飲みたい。
この家から一歩でも外に出ようものなら極悪蔓延る犯罪領域だ。絶対に出たくない。
と意気込んだは良いものの、食糧が無くなったら外に出るしかない。
パッと見、食糧の残量は一年分ほど。まだまだある。
これがよく食べる高校男児だったら半年分だった。
思いの外、呪いも役に立つものだ。ここに追いやられたのもそのせいだけど。
そうして三ヶ月はぼんやり過ごしている。ぼんやりというか虚無というか他にやることがないというのもそうなのだが、追いやられて、やることなすこと何も意味がない人生になりそうだと思っていたから何もしたくなかった。
昼夜逆転生活でもあった。夕方に起きて朝方に眠る。起きている間は基本たまーにご飯食べて、やる気がなくなったら何にも食べない日もあった。
そんなぼんやりした毎日が、こんなふざけた国で続く訳がなかった。
今日も何もしなかった。
このまま無気力に孤独な人生を終えてまた来世に行くのか、なんて感慨に耽りながら、布団に入る。
暇すぎて何もせず、お布団大好きとばかりに、ゴロゴロしていた。実際大好きなのだから仕方ない。こんな生活を前世の忙しい毎日では渇望していた筈なのに、今となってはただただ暇。そんなこと考えながら、目を閉じた。
不意に目が覚めた。
何か気配を感じたともいう。
野良猫でも入ったのだろうか、いや、隠蔽の魔術のお陰で入ることはない。となると、ただの悪寒か。
どうせ起床時間が決まっている訳でもない。二度寝でもしようかと寝返りを打って、再び目を閉じようとしたところで物音がした。
ガタンと何かが落ちた音。途端になんとなく不安になる。
小さい頃一人で留守番していた時に感じた不安と似ている気がした。
どうしようかと考え、何か火事のもとになったり、万が一、億が一、幽霊が出るタイプの事故物件でもあったり、そんなことがあったら困る。
特に幽霊。出てくれるなよそんな事故物件だった場合どう足掻いても怖くて寝れない未来しか見えなくなる。
ぱちりと目を開け、布団から這い出る。
未だ眠気でうっとりとする瞼をなんとかこじ開け、自宅であるにも関わらず、他人の家に忍び込むようにそっと動く。
部屋から出て、なぜかついている廊下の明かり。この時点でおかしい。屋敷内に残っている魔力を出来るだけ節約して使うために、寝るときは明かりを消していた筈だった。
まぁ、明かりを消し忘れたのかもしれない。
明かりのスイッチ、つまりは点灯や消灯、色の変更や明かりの強さを調節をする魔術式を設置していた場所に向かう。
途中途中で、開け放たれた扉や、落ちて割れた花瓶。
地震で屋敷が揺れたんだよね、寝過ごして気がつかなかっただけで、明かりも謎のピタゴラスイッチがやった影響だ。僕知ってる。
幽霊にポルターガイストとかホラー系の映画によくある一人になったら死ぬとかそんなんじゃないよね。
スイッチのところに到着した。若干荒れている部屋は見ないふり。明日直そう。明日。朝になってから動こう。
今はもうすぐにでも寝室に帰りたい。
部屋の扉に手をかける。
ガタンっと扉の向こうでで音がした。
バクバク心臓が音を鳴らす。恋の予感にキュンキュンしている心臓ではない。恐怖に打ち鳴らされた太鼓のような心臓。
おばけだ。どう考えてもおばけの類いがいる。
やっぱりここは事故物件だった。
今すぐにでも家に帰りた……いや、ここが帰る家だった。
詰んだ。
そっと扉の向こうを覗く。
眠気はとうに遠くに行ってしまったけれど、もうこの場で寝てしまいたい。
ドアノブを持つ手がガタガタ騒ぎ、なかなか開けられない。
部屋の外の状況がわからないが、幽霊だかおばけだかは確かにいる。声がする。
何を言っているのかは全くわからないが、複数の声。
ガチャっと扉が開けられた。
ドアノブにかけていた手が、勝手に回った。
あっ、これは反対側から開けられたやつ。
扉の進むまま、身体は前に出て、外開きの扉と共に、放り出される。
「ひぎゃああああ!」
目の前に何がいたのかすら確かめずに、相手と扉と壁の隙間から飛び出して、一目散に走って逃げる。
運動は苦手なタイプだが、この時ばかりは火力の効いた走りだった。
きっと前世含めて、人生の最高速度。
「おばけっ! …おばけって何が効くんだっけ、塩?」
塩ってどこに置いてあったかな、倉庫か、キッチンか。
後ろでなんだか慌てたような声が聞こえたけれど、慌てているのはこちらも同じ。悲鳴を漏らしながら進んでいく。
走っていると唐突に風を切る音が聞こえた。途端に身体が宙に浮く。これがポルターガイストの真の威力。
「え、え? 悪霊退散!」
思わず即興の魔術を相手にブチまけてしまった。
絵の具が延々と降ってくる魔術だ。
なんのために作り出したのかは忘れたけれど、気に食わない親戚関係に嫌がらせして遊んだ馴染みのある魔術。普段から使っているから、咄嗟に使ってしまったのだ。
「ごっふぇ……ごっほ……え、なにこれ。え?」
相手は驚いているらしい。この隙ににげてやろうと、そこまで考えてあれ? と首を傾げる。
おばけや幽霊って透けてるもんだと思っていたのだけれど、こいつ実態あるじゃん。……ん?
「おばけ……おばけ?」
首を傾げて動けなくなっていると、さらに後ろから二人ほど誰かが走ってきた。
「うっわぁ……足速いね……って、アサガキ、何それ」
「……知んねぇ、さっきとっ捕まえたら、やられた。多分魔術だろ」
普通に会話している。ドロドロして半分溶けていたり、体が透けていたり、寒気を振り撒いたりはしていない。
「おばけ……じゃない?」
「……おばけ? おばけではないかなぁ」
会話している二人を眺めていた方が返答をくれた。
「おばけじゃない……え?」
じゃぁ何?
混乱を極める僕に彼らは目を細めてこちらを見ている。
まるで何かを判断するかのように、観察するように、じっくりと。
そこで不意にピンっと閃いた。
「……あ、お客さんか!」
「……どうしてそうなったの、君」
お客さん。多分お客さん。人間だからそうだ。きっと、多分そう。やっべ、客に絵の具ぶちまけてしまった。
「ごめんなさい。寝起きで……おばけとか幽霊とかかと思って、お客さん来てるの気がつかなくて……」
落ち着いてきたら、すぐわかった。
ポルターガイストは絵の具まみれになってしまったお兄さんが襟首掴んで浮かしただけ。
明かりがついてるのはこの人たちがつけてくれたとする。
全くホラーじゃない。ただの勘違い。
「あ、服! 風呂! 着替えあったかな……お茶も出しますね、ちょっと待って、ほんとに寝起きで……」
「待って待って」
「あ、客間はそっちの角曲がってすぐの茶色の扉です。お風呂は真っ直ぐいっての緑の扉です。着替え…趣味合うかわかりませんが、確かスーツっぽいのが……」
両親のだか祖父母のだか兄弟たちのだか知らないが、男物も女物も服はいっぱいあった。僕は選ぶのが面倒なので、着やすそうなのをローテーションしてる。
「いや、あのね」
「待って、大きさわかんない。とりあえず片っ端から……」
このお兄さん大きいから、兄のか父のだろうな。何色がいいのだろうか。コーディネートは得意ではないし、無難に黒か、緑か。僕的には赤が似合う人だと思う。
「ストップ!」
「あ、はい! ……なんでしょう?」
しまった。タオルが先だったか。
「復唱して。落ち着いた心と警戒心」
「え……?」
「復唱」
急に言われても困るが復唱しろと言われたので復唱する。
戸惑いが隠せない。
「お、落ち着いた心と警戒心?」
「うん、今の君に必要なもの」
「……あ、慌て過ぎでしたか」
「うん」
たしかにワタワタし過ぎていたかもしれない。情けなさと恥ずかしさに顔が赤くなる。
「すみません。お恥ずかしながら、不測の事態に対処できないタイプでして……」
「見ればわかるな」
「申し訳ない……」
カラフルになってしまったお兄さんが呆れた目線で僕を射抜く。辛い。
「……あのね。私たち、お客じゃないのよ」
先ほどから声をかけてくれたお姉さんが、そっと教え込むように言った。僕はポカンと間抜けな顔を晒す。
「え? やっぱり幽霊?」
「なんでその二択になっちゃうの、君。私たちは不法侵入者よ、何かないかなって、盗みにきたも同然よ」
法律のない国で不法侵入と言えるのかどうか疑問だ。
彼女曰くどうやら盗人だという。
「はぁ…?」
強盗にしては顔も隠していないし、乱暴もされていない。そうは言われても信じられなくて微妙な返事を返す。
「その顔は分かってない顔ね、はぁ……」
ため息をつかれてしまった。僕はそんなにしょーもないことをしてしまったのだろうか。というか、盗人だとして、この国ではどうせ犯罪でもないし、気にする必要があるのだろうか。この家には盗めそうなものなんて食べ物しかないし。
「警戒心ないんだねぇ……君は外から来た子かい?」
今までのんびり眺めていたもう一人が聞いてくる。
中性的な人で、どちらかといえば男性の背が高い人。
「えぇ、そうなんです。厄介払いされちゃいまして……」
「されちゃいましてって……お前なぁ……」
軽く言い過ぎだろ、とカラフルな男性。されてしまったものは仕方ありませんし、と僕。
「そもそもお前どこのやつだ?」
「えっと、しらたまの国の、隅の方の領主の三男坊です。呪いで女の子にされて厄介払いされました」
「……呪い?」
「……我が家は三流貴族のくせして無駄に古いので、昔の置き土産的な、そういうのです」
「情報過多だ、ちょっと待ってくれ」
待ってくれ、と言われたので口を噤んで黙ってみる。
男性は頭を抱えてしまった。
どうしたのだろうかと女性の方を見たら、彼女も頭が痛いといった表情で苦々しそうにしていた。
青年は相変わらずこちらを観察するように見ていたが、やがて口を開いた。
「じゃあ、貴族の子なんだ」
「一応は」
「それにしては、魔術が上手だね」
上手な魔術というのは、この絵の具シャワーのことだろうか。首を傾げていると、隠蔽魔術や光の魔術のことを聞かれる。
「……家庭用の普通の魔術ですよ? 絵の具のやつは小さい頃のイタズラでよくやってたせいで咄嗟に……」
「……は?」
先ほどまで飄々とした態度だった青年は、心底驚いたように呆然とした顔でこちらを見ていた。
「かていよう」
「父さんが部屋の明かりをミラーボールにして遊んでるのを見たことありますし、家庭用かと」
「それほんとに貴族の家だった? どこかの秘境に住む魔術師の家系じゃなくて?」
どこかの秘境ってどこだろうか。魔術師を兼業はしていたが、秘境に住むなんて素晴らしい魔術師一家ではない。ただ器用貧乏な下っ端貴族。
「貴族ですよ、多分。国の王様の誕生日とか行事に参加してた記憶はありますし」
多少は金持ちっぽいし、面倒な高等教育もあったし、異世界だから多分貴族。現世なら財閥。
「貴族は普通お抱えの魔術師に魔術使わせるから苦手な奴の方が多いはずなんだけど……」
「え、そうなんですか」
驚きが隠せない。同じく貴族である親戚の人たちも皆で魔術使って阿呆なことして遊んでいるのを見たことがある。
なんなら去年は、親戚で集まってのパーティーにて、どれだけおかしなアスレチックを作れるか競っていた。
優勝は風でできた見えないブランコがついたツリーハウス。天辺に高速で回転する丸いジャングルジムが付いていて、中にはスライム風呂があった。
そのパーティーで出された紅茶は、見た目は普通、味はランダムデスソースだった。ちなみに、服が弾け飛ぶ追加効果のついた紅茶も少し混ざっていた。酷いロシアンルーレットだった。
僕は大人の危険な遊びを見ながら、死んだ目をして他の子供達とオレンジジュースを啜っていた記憶がある。
あ、これもしかしてうちの家系は変なのかも。
初めて気がつく10歳の夏。いや、この辺に四季はないから万年春みたいな陽気だけれども。
「おい、ダヤ。こいつ」
「そうだねぇ、丁度いいね……まぁとりあえず、アサガキ、君は好意に甘えて風呂に行ってきな……その子は……」
「こんなポヤポヤ、警戒しなくていいと思うわ。ほら、服なら私が見繕うから、クローゼットルームに案内して」
「あ、わかりました」
パタパタその場を後にし、お姉さんを案内した。上物の服ばかりじゃないと叫んでいたので、使わないやつをお下がりで着ますかと尋ねた。ものすごいスピードで頷かれたので、好きなのを選ばせてあげる。どうせ箪笥の肥やし予定だからあげたところで不益にはならない。
美人さんは着飾るとさらに美人さんだというし、女の子に優しい男でありたいから遠慮しないで欲しい。今は男じゃないけれど、中身は男だから実質男。
僕のは五着もあれば十分だと言ったら、似合うんだから着なさいと着せ替え人形にされた。
女の人にひん剥かれるのはだいぶ抵抗があったが、見目によらず力が強い方だったらしく、強引に着せ替えが始まったよそして、しばらくして青年が呼びにくるまで遊ばれてしまった。
着替えが終わったらしい男性は相変わらずイケメンで、服でそれがさらに際立っていた。お姉さんの趣味が良かったのだろう。
「服、サンキューな」
「いえいえ、汚してしまったのは僕なので」
もうそのお馬鹿なほどの謙虚さにツッコミは入れないわよ、とお姉さんに言われた。
馬鹿……マジか、僕って馬鹿だったのか……。
「…さて、話をしようか」
「え、さっきからしてるじゃないですか」
「そういうことじゃぁないんだよ」
もうこの子ダメかもしれないと言われた。失礼な。
この三人組はやたらと訳の分からないやりとりをしている。余程仲良しで彼らの間では理解できる会話なのだろう。僕には理解できないからしっかり説明が欲しい。
「……いいかい。ここは世界で犯罪の国と呼ばれる危ない国なんだ」
「知ってます」
「……知っててそれかぁ」
がくりと脱力して青年は机に突っ伏した。
その会話を見て呆れたような顔をしたお姉さんと男性。
今度はお姉さんが話を進める。
「言いたいことは、いっぱいあるわ。盗人を歓迎してはいけませんとか、知らない人に対して気軽に奉仕活動してはいけませんとか、魔術の技術が異常すぎてどう考えてもただの貴族じゃないとか、それはもう、たくさん」
「はぁ……?」
よく分からず受け流すような声を出す僕に、彼女は話を続ける。
「でもまぁ、この国に居るんだもの。その穏やかさを誰かに使われちゃっても文句は言わせないわ」
それからしばらく、まるで独り言のように、うんぬんと何か言われ、どうやら納得したらしい後、彼女はニコッと笑った。
「その魔術を生かして、今度の強奪戦参加しない?」
彼女の笑顔はそれはもう素敵だった。美しかった。二つ返事で頷いてしまいそうなほど。
しかしながら、その衝動を無理に止めてでも、聞きたいことがあった。
「強奪戦ってなんです?」
「待って、君は情世にも疎いの!?」
そもそもその参加するイベントについて知らねば行くも何もない。趣旨すらわからない。陣取りゲームか何かだろうか。
「この国に来て、屋敷入ってから一切外出してないので、そういうことになりますかね」
とうとうお姉さんまで突っ伏してしまった。
強奪戦の説明を聞いた。何やらこの国に襲いかかる他国の軍勢を叩きのめして物品を強奪する作戦らしい。毎年何回か不定期で色々な国をやり返すのだとか。
なんと物騒なイベントだろうか。僕が行ったら秒で死ぬ。
それを伝えたところ、僕に任せたいのはただの後方支援らしい。
何年も引きこもっていられるほど食料あるの? これやったら分けてもらえるよ、と優しく教えてもらった。
それならやってみようかな、と参加することになった。
それにしてもこの国、聞いていたより優しい国なのだけど、本当に犯罪の国ってここで合っているのだろうか。
強盗に来て、何も盗らずに良い話を教えてくれて、この後に一人飯を家族飯のような雰囲気に変えてくれて、お泊まり会もした。枕投げはしなかったけれど、お話はいっぱいした。
孤独生活三ヶ月以上を更新していた僕にとってはとても嬉しかった。
みなさん、犯罪の国の場所間違えてない?
それともこの人たちが良い人なだけ?
強奪戦なるものに参加してきた。
僕は後ろの方で、前線で戦っている人に食い止めていた敵兵を相手にしていた。殺してやる犯罪者どもと叫び散らし突撃してくるトチ狂った野郎どもの喉から絵の具を出して、窒息させたり、とりもちのような粘着力に強化した絵の具をばら撒いたり、絵の具で遊んでいたのと同然だった。
遊んでいただけなのに、食料を分けてもらった。すごく助かる。その件をきっかけに、可愛い女の子の友達や強くてカッコいい男の子の友達ができた。
正直言って前世より充実した人生。なるほどこれが幸せな異世界生活。
「それでですね、お姉さん。この前はカイリちゃんとワコくんの3人でネズミさんを追っかけて遊んでいたのですけど、その時に……」
「……カイリって、あの? マッドサイエンティストの娘っ子のこと? 親に似て研究熱心だと聞いているけど」
「えぇ、いつも魔術式の説明をねだられるんです。興味があるみたいで」
「……それは、君の異常な魔術制御能力に、だろうね……ワコっていうのはあの子ね。殺人鬼の息子」
「かっこいいですよね。いつも刃物持って追っかけてきて、最初はおっかない子だと思ったんですけど、常にバリア貼っていれば、カッコいいイケメン鑑賞し放題だと気がついたんです。強いから頼りにもなります」
「ついでにそのネズミって、この前戦争ふっかけてきた国のスパイでしょ?」
「え?」
ただの変態さんだったので、追っかけ回して最後にワコくんが仕留めてしまったんですけど、その人って尋問予定でしたか、そう聞いたら、彼女はとうとう両手で顔を覆って、深いため息をついた。
あの変態さんは、急にカイリちゃんの腕掴んで話しかけてきたのだ。誘拐犯かこの後露出魔になるタイプの変態だと思って説教するため追っかけ回した。本当は逃げるのがベストなのだろうが、こちらの戦力的には追っかけ回しても問題なかったのだ。まぁ、結局ワコくんが勢い余って駆除してしまったのだが。
「君は、この犯罪の国に来るべくしてきた人間だったってことね。もういいわ」
呆れたような声音ではあったが、どことなく楽しそうな嬉しそうな雰囲気を感じる。仲間が増えて嬉しいとか今度良いことがあるとか、そういうのだろう。
最初に、自由にも限度があると言ったが、訂正しよう。
自由に限度なんてなくていい。
好き勝手できるのが何よりも楽しいのだ。
縛りプレイを好んで社会に縛られるよりよっぽど楽だ。
前世のルールと規則で整えられた人生よりずっと生き生きとしている自信がある。
自由と犯罪は紙一重。この国はその紙一枚を超えたり超えなかったりするだけだ。何もおかしなことはない。
今日も僕は楽しく暮らしている。