第九話 大人の事情
――同日夕刻、会議室。
フカフカの赤い絨毯、大きなシャンデリア。
上品な調度品が嫌味なく配されたその部屋では、軍服を纏った十二人の老人と一人の壮年の男性が長方形に並べられた長机の前に座していた。
時折明かりできらめくのは胸元に多数下げた勲章の数々。
緊急で開催された会議のはずなのに鎮守府の司令長官の他にも上級将官が勢揃いだ。
そして彼らの手元には、複写された二冊の冊子――歩と彩香の能力値測定結果が開かれていた。
「規定に則り江田島に送るべきだろう」
金色の飾緒を身につけた長官が冊子を閉じ目を閉じると、椅子に座ったまま静かに口を開く。
江田島女学校。
それは能力値測定で甲種合格以上の者だけが入学を許される戦乙女の教育機関。
将来は戦乙女として覚醒することが間違いなく、いずれは使徒へと昇華することも期待されている少女たち集めた学校だ。
鎮守府付属の学校で教育を施される乙種合格の少女たちとは教育内容に大きな差がある。
なにせ地力が違うのだ、江田島で行われている教育を乙種合格者へ施せば殆どの少女はついてこれず、廃人になってしまうだろう。
才能のあるものでさえ血反吐を吐くような厳しい教育と訓練。
その代わり、最後までついてこれさえすれば卒業時には神々から権能を付与され決して折れない、鋭利な護国の剣となっている。
そんな学校へと二人を入学させると長官は言い出したのだ。
「ですが、素性もわからぬものを江田島に入学させるのには問題があるのではないでしょうか?」
壮年の男性――月見里少佐は失礼にならないように気をつけながら疑問を口にする。
「一ノ瀬 歩なる少女は台帳に登録されておりません。それに妹の方も性格が全く違うようです」
二人の面談結果を元に行った調査では不可解な点が多数見つかった。
たしかに二人が証言した従業員寮は存在していたし、生活していた痕跡も見つかった。
合衆国の航空騎士に襲われたという場所にも防災袋が落ちており、中身も証言どおりだった。
「兄の方は遺体が見つかったのだったか?」
「ええ、無残にも手足を撃ち抜かれ絶命しておりました」
月見里少佐がいうように、現場に向かわせた兵士の報告では血溜まりの中に沈んだ少年、一ノ瀬 歩の遺体は回収されていた。
さらに近所の住人への聞き取りでは、妹の彩香は非常におとなしい性格をしていると口を揃えて返ってきている。
「神の世界は複雑怪奇よ。何があっても不思議ではあるまい?」
「あの者たちの素性がどうであれ、使えるものは使わねば」
どうにも不可解な点が多いが、それは神のみぞ知るというもの。
人間では理解できないものも多い。
理解できないものは研究者に任せ、軍人は軍人の責務を果たすべきだと言いながら長官は戦果報告書を手に取る。
「確認されているだけでも敵航空騎士共を四騎撃墜だったか? 根拠地隊が陽動に釣られて出払っていたとはいえ素晴らしい戦果だな」
「航空機も輸送機を含めて八機落としているようです」
佐世保上空だけでこれだ。
撤退を始めた敵軍の追撃ではさらなる戦果をあげていることは想像に難くない。
「……、敵機動部隊らしき艦船の轟沈報告もあります」
「はっ、それも彼女たちが沈めたと? 霊力で編まれた術式は金属に触れると霧散し、艦艇には有効な損害を耐えられないのは常識だろう」
「それとも対要塞用の多重魔法陣でも展開したと言うつもりか? 覚醒したばかりで権能もない戦乙女がたった一人で?」
「い、いえ、それはありえないかと……」
二人の上官が不愉快そうに鼻を鳴らし、月見里少佐をにらみつける。
刺すような視線に彼は震えながらなんとか否定の言葉を続けた。
「うむ、そうである以上同時刻に消息を絶った味方潜水艦によるものと見るのが妥当だろう」
「ああ、彼らの奮闘には敬意を評さねばな」
敵艦隊の撃滅は味方の潜水艦がその身を犠牲にして得た戦果だ。
それに墨をつけては激怒するに決まっているし、ぽっと出の子供に取られるなど認められるわけがなかった。
「そもそもそれは佐世保から遠く離れた海の上だよ? 戦乙女の航続距離は最大でも千キロ程度。君は少々彼女たちを過大評価しているのではないかね?」
まるで壁のシミを怖がる子供に諭すように別の上官たちは月見里少佐へ問いかける。
覚醒したばかりでありながら航空騎士四騎に航空機八機撃墜という化け物ではあるが、それでも枠の中に収まった存在。
それが彼らの認識だった。
「し、しかし閣下方、分かっているだけでこれだけの戦果です。彼女たちは危険すぎると考えます!」
月見里少佐は遠回しに二人の処分を提案していたが、その意見は一顧だにされず。
会議は淡々と進んでいく。
「そうは言ってもなぁ、才能が抜きん出ているとはいえ初等科の少女が二人じゃないか」
高い能力ではあるが、二人で一つとなればそう大したした脅威ではない。
数値だけで見れば使徒二人分の能力よりは低いのだから。
「しかり、それに縁ができれば御することもできよう」
「同期の桜は大切だからな」
既に加護まで得ているとはいえ、その力は未だ原石。
上官たちの常識ではどれだけの才能があっても磨かねば光らない、それが戦乙女だった。
ましてやたかが二人の小娘、大人たちの手のひらの上では転がるほかないと。
「ですが、彼女たちは誓いを行っておりません」
宣誓を経ずに力を入れているため、制約なしに力を振るうことが出来るのはいささか心配ではある。
月見里少佐の懸念は当然上官たちも理解している。
「貴官の懸念は理解するところだが、この緊急事態にこれほどの才能を遊ばせておく理由はない」
「仮に御しきれぬとしても、長くとも十数年もすればその力は衰えるしの」
「そもそも今とて使徒の半分は誓っておらぬではないか」
しかし今は非常時、月見里少佐の必死の訴えも虚しく多少のリスクは背負ってしかるべきだと満場一致で決まってしまった。
もっとも上官たちの言い分も理解できる。
なにせ化け物としか言いようのない才能だ。戦時である現在、どうしてそれを捨て置くことができようか。
能力値を誤魔化した? それは能力値を誤魔化し得るだけの力を持っている証左だ。
測定不可? それは人が知るべき能力ではないという神々からの神託だ。
それに清らかな適性のある乙女にしか神は力を貸さないため、戦乙女は二十歳前後から徐々に力が衰え始め、二十五歳にもなればその力の多くを失うのだ。
もちろん力の衰え方には個人差があるが、使徒であってもその運命からは逃れられない。
ならばその間だけ問題が起きなければいい。
上官たちは直接は口にしないものの、問題を棚上げすることに決めているようだった。
平時であれば対応も違っただろうが今は戦時、多少の無茶には眼をつぶるべきだ、と。




