第八話 50%の憂鬱
測定から数時間後、月見里少佐は執務室の椅子に座り何度も時計を眺めるとタバコに火を付けては消すという動作を繰り返していた。
気がつけば重厚感あふれる机の上に置かれたガラス製の灰皿は一杯になっており、今ではその隙間に無理やり差し込んでいる有様だ。
「どうにも落ち着かんな」
再びタバコを隙間に押し込むと、月見里少佐は紫煙を吐き出す。
彼の心を支配する胸騒ぎ、この嫌な予感は勘違いだと信じたい。
今まで何があっても静かな水面のような瞳を動かしたことがなかった上位神官が、二人が部屋に入った瞬間手を震わせ始めたのはきっと偶然だったのだ。
「なにせ御年百を越えようとしている御仁だからな」
神の元へ召されるときが近づいていてもおかしくないだろう。
そう自分に言い聞かせるようにつぶやくと、次のタバコを咥えて火をつけたところで部屋にノックの音が飛び込んでくる。
思わず立ち上がりそうになったが、それをどうにか抑えて座り直し呼吸をすること一つ。
「ん、入れ」
「失礼します」
はやる気を抑えて威厳を持った様子で入室の許可を出す。
安全ピンの外れた手榴弾のごとくな一ノ瀬姉妹の前では腰を低くしてはいるが、彼は少佐で、ここ神務部を統括する押しも押されもせぬ部長なのだから。
ましてやその肩書こそ佐世保鎮守府所属だが、実態は神務省直轄の出先機関であり実権はそこらの中佐よりも強いものを与えられている。
「月見里少佐、おまたせしました。只今焼き上がりました」
「おお! やっと来たな!」
先程までの威厳はどこへやら。
部下が差し出した茶色の封筒をひったくるように奪い、マチ封筒のフタを止めている糸をもどかしいように解くと中から二冊の冊子を取り出す。
機密と赤字で大きく書かれた黒塗りの表紙は重厚感が溢れている。
しかしその装丁とはちぐはぐに、中に収められているページはわずかだ。
たった数ページ、そのためだけにそれだけの装丁と疑問に思うことなかれ。
内容はそれにふさわしいもの――神託なのだ。
「それでは、失礼いたします」
「ああ、ご苦労だった」
部下が退室したことを見届けると、歴戦の勇士の太い指がおぼつかない様子で重い表紙に手をかける。
「これは……」
まずは一冊目とめくられた表紙の先、一ページ目に記載されていたのは歩の神格適正だった。
八百万の神々との親和性、それらは高ければ高いほど祝福や加護、あるいは憑依といった力を得やすくなってくる。
もちろん神と一言にいってもその気性は様々。
当然、合う合わないがあるものなのだが。
「はっ、ははっ、全て秀か。これは笑うしか無いな」
手を顔に当て空を仰いだ彼が口にする通り、歩の適性は全ての系統神々と最高の相性であると表示されていたのだ。
神々を示す多数並んだ紋様の下の欄にはズラリと秀の文字だけが並び、ただ一柱の例外もない。
「憑依どころか降臨だってありえるぞ、これは」
祝福を得た少女たちが戦乙女となるように、研鑽を積んだ戦乙女たちが覚醒し使徒となり至る境地である降臨。
それは分霊をその身に宿し奇跡を成す憑依ではなく、神そのものが使徒を助けんと現世へと降りてくるということ。
圧倒的なその力は、過去に幕府へ改宗を迫った黒船をも沈めたと記録には残されていた。
相性がいい神が多いということはその可能性が上がるのは自明の理だ。
なるほど、神官が震えたのはこれを感じ取ったからか。
彼は一人納得し頭を軽く左右に振ると、再び本へと視線を戻した。
「この分だと能力値もすごいことになっていそうだな」
頭を軽く左右に振ると、月見里少佐は本へと視線を戻し次のページを開く。
「ふむ?」
しかし彼の想像とは裏腹に、表示されていた能力値は非常に高いものの神格適性の時ほど衝撃的な数値ではなかった。
「埒外の存在という程ではないのか?」
視線の先のページに記載されてあるのは霊力の最大容量とその濃度。
両方とも一級品ではあるがありえないと言うほどではない。
「破格ではあるが」
以降のページに記載されてあった最大出力、回復量、顕現速度そして安定性。
どれも素晴らしい値を示している。
すべての能力値がこれだけ高い水準に至っている者は過去に居なかっただろう。
何より通常顕現速度と安定性は相克の関係にある。
霊力が現象となり、顕現するまでの速度が早ければ早いほどその力は脆くなるものなのだ。
だというのに両方とも素晴らしい値を叩き出している。
高い神格適性から将来使徒に昇華することはまず間違いなく、その力を国のために奉じてくれるのであればこれほど頼りになる戦力はあるまい。
昨日空襲に遅れて行われた合衆国からの宣戦布告、既に支那戦線を抱えている日本は多くの戦力を欲している。
また、有り体に言って凄まじいとしか表しようがない才能だがそれはギリギリ人の器で収まる程度。
万が一暴走したとしても最悪処分することも不可能ではない。
なにせ一つ一つの能力値を見れば、過去にその程度の存在は複数存在しているのだ。
最強の使徒であっても、無敵の使徒にはなりえない。
そうであれば誓いがなくとも制御だって不可能ではないはずだ。
「いや、まてよ?」
そこではたと何かがおかしいことに気づく。
しかしそれが何かがわからない。
別に先程の考えは間違っていないはずだ。
高い神格適正に高い能力値。
それは既に神の加護を得ているという本人たちの発言とも合致している。
だが、どうしても何かが引っかかる。
「何がおかしい? っ!」
その時、パズルのピースがはまるように彼の中に衝撃が走った。
同時に振るえる手が机の上に置かれてあった受話器を掴み、ダイヤルを回す。
「私だ! すぐに記述係を呼び出せ!」
2回の呼び出し音の後、電話に出た兵士を恫喝するように担当者に変わるよう指示を出す。
いつもの少佐とはまるで違うその声色に、兵士は泡を食ってすぐに担当者へと交代した。
「は、はい、代わりました」
「能力値だが、最大はいくつだ?」
普段なら萎縮したような兵士の声に、軽い雑談を挟んで緊張をほぐす所だが今の彼にはそんな余裕はない。
担当者が電話に出ると、被せるようにすぐさま自分の質問を突きつけた。
もし、彼の気付きが正しいのなら、凄まじいなんて言葉では収まらない。
文字通り『化け物』の可能性があるのだ。
「は? 能力値の最大値ですか? それは神のみぞ知るというやつですが……」
月見里少佐のただならぬ様子に記述係の兵士は混乱しながらも教科書どおりの回答を返す。
「違う、そうじゃない」
人としての限界を知りたいというわけではない。
月見里少佐が知りたいのは、『測定限界』のことだ。
神託により能力値が判明するとはいっても、神に上奏するための祭壇を作るのは人である以上限界はどうしても存在する。
神域までの経路の限界、それが能力値の測定限界を決めてしまうのだ。
しかしそのマニュアル的な返答のおかげで月見里少佐は若干ながらも冷静さを取り戻すことが出来た。
「ああ、すまない、違うのだ。人の限界という意味ではない。神式測定での測定限界値を教えてもらいたい」
「は、それでしたら……」
記述係が各数値の測定限界値を口にするごとに、受話器を固く握った月見里少佐の手の力はゆっくりと抜けていった。
「そう、か。急に済まなかったな。ありがとう」
月見里少佐は静かに受話器を戻すと、背もたれへと体重をかけため息を吐き、目頭を片手で抑えながら先程の電話の内容を反芻する。
記述係が告げた各項目の測定限界値、それらは歩の能力値のちょうど二倍だった。
「きっかり二倍とはな」
一つや二つの項目がそうなるなら偶然ということもあり得るだろう。
三つや四つも聞いたことはないが無いわけじゃないだろう。
しかし霊力値の評価基準である六つの項目、それら全てが測定限界値のきっちり半分ということはありえない。
「最大値を見極めた上で調節した?」
そんな馬鹿なという思いと、現実の数値が月見里少佐の中で交差する。
だが現実は非情である。
目の前の測定結果と記述係の証言は覆らない。
「化け物、か……」
一ノ瀬 歩、全神格適正及び全能力値最優秀。
たった一行に収まる評価に月見里少佐は頭を抱え、次いで開いたアヤカの測定結果に意識を飛ばすのだった。
一ノ瀬 彩香、適正及び能力値測定不可。
測定失敗でも測定限界超過でもなく、人の知るところではないという回答に。




