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第七話 君の力は

「それでは本題なのですが」


 むせるアヤカを尻目に、月見里少佐は手のひらサイズの座布団をテーブルの上に置くと、その上に胸元から取り出したこぶし大の透明な水晶を乗せた。


「この水晶に手をかざしてもらいたいのですがよろしいですか?」

「これって、測定器とかいうやつですか?」


 歩は以前見た新聞の記事を思い出しながら水晶をまじまじと見つめる。


「新聞の記事には卵程度の大きさと書いてあったと思うのですが」

「はは、よく知っているね? まぁこいつは呉から取り寄せた特注品だからね」


 なんでも先の空襲で佐世保に保管してあった測定器は壊れてしまったらしく、特急で取り寄せたそうだ。

 二人にこの施設で暫く待つようにお願いした理由はそれだったらしい。


「とはいえ、お二人は既に祝福を得られているようですので適正の有無の確認ではなく、適正値の確認だけなんですけどね」


 日本の全ての少女は初等科を卒業する際に検査を行い、そこで適正のあると認められたものは特別校へ入学することになる。

 とはいえその確率は最も多い丙種合格でも二百人に一人程度。

 さらに合格したとしても実際に祝福を得られる者は2割にも満たないと歩は噂で聞いていた。


 だが、歩たちは既に神の力をその身に降ろしており丙種や乙種どころか甲種合格はその時点で確定しているのだ。


「あまり気負わずに、軽くかざすだけで大丈夫ですので」

「わかりました」


 そうは言われても緊張してしまう。

 何しろ本来清らかな乙女にしか与えられないはずの祝福。

 それを男の歩が得ているのだから。


「大丈夫だって、私を信じて?」


 ましてや妹の彩香は祝福どころか神霊そのものが降りてきてしまっている。

 測定したらどのような結果が出るのか、想像すらできない。


 しかしここで測定を断るなど出来るはずもない。

 歩は覚悟を決めるとゆっくりと水晶へと手を伸ばした――ところで水晶の中に紫電が走るり、水晶は砕け散った。


「うぇっ!? あ、あの、すみません!」


 砂状にまで粉々になった水晶に、歩は涙目になってしまう。

 おそらく貴重であろう測定器をまさか壊してしまうなんて。


「べ、弁償……」


 弁償します。と思わず口にしそうになるが、その先は続けられなかった。

 工廠へ就職できたとはいえ、務めだしたばかりの歩の給料は高くはない。

 当然、貯金なんて微々たるものだ。


「やはり、ですか。ああ、気にしないでください。こうなることは予想しておりましたから」


 しかし焦る歩が月見里少佐を見ると、少し目を細め軽くうなずくだけ。

 テーブルの上に散乱した水晶の残骸を手早く片付けると、どこからともなくもう一つ水晶を取り出し今度はアヤカへ水晶へ手をかざすように伝える。


「はいはいっと」


 アヤカも同じように水晶へと手をかざそうとするが、やはり先程と同じ光景を再現するだけだった。


「ふむふむ。まぁそうでしょうなぁ。やはり本式でないと容量が足りませんか。別室に本式の測定祭壇を用意させますね」


 準備が整い次第お呼びしますのでそれまでお待ち下さいと月見里少佐は言い残し、呆然とする歩たちを残し部屋から出ていった。



「アヤカ、あれってさ……」


 月見里少佐が部屋の扉を閉じると同時に、歩はソファーに座ったまま頭を抱えてうずくまる。


「思ったより軟弱なのね。かなり力を抑えてたのに壊れちゃうなんて」

「……目立たないようにって、言ったよな?」


 先日の記憶を辿ればなんとなく霊力というものがどんなものかは分かっていても、その操作なんて出来るはずがない。

 だから不安は覚えつつもアヤカに命運を託したわけだが、結果はこれである。


「うー、分かってるわよ。あれでも抑えたつもりだったんだって……」


 アヤカは唇を尖らせて容量の少なすぎる測定器が悪いとか元からヒビが入っていたなどと悪態をつくが、だからといって測定器を壊すやつがどこに居るのか。


「もー、そんな目で見ないでよ。次はちゃんと真ん中くらいで止めるからさ」

「ほんと頼むぞ?」


 壊した測定器の弁償はしなくて済みそうだが、それだけの能力を示したとなればかなり期待されるだろう。

 戦乙女は海軍の管轄とはいえ、満州方面への出征だってありえるのだ。

 もしそうなったら泥と血に塗れた塹壕生活が待っている。


「どこぞの高地のごとく味方の死体を盾にして前進するなんて絶対イヤだからな……」

「小説の読み過ぎじゃない?」


 そんなことはありえないとアヤカは苦笑いを浮かべる。

 物語の世界だけ、現実はもっと簡単なものなのだと。


「だいたい貴重な戦乙女を消耗戦ですり潰すなんてありえないって」

「ならいいんだけどな?」


 出来ることなら鎮守府勤務、それも沿岸守備隊が望ましい。

 外地勤務はもちろんだが、艦隊勤務となったら危険度は非常に高いはずだ。


「俺が生まれる前にあった戦争では最前線での戦乙女の損耗率はかなり高かったらしいんだよ……」


 最前線に配備される戦乙女は、当然多くの祝福を得た使徒に近い存在のはず。

 だというのに高い損耗率というのはそれだけの激戦であった証拠だ。


「着任早々撃墜とか笑えない」

「それに、私が居る限り絶対に死なせはしないわ」


 不意につぶやいたアヤカの言葉に既視感と懐かしさを覚えたが、それがなにか思い出せない。

 とても大切なことを忘れているような。

 寂寥感にも似た思いが心の底からこみ上げてくる。


「それにいきなり配備されるわけじゃないでしょ? 教育だってあるんだし」

「――それもそう、だな」


 だが、急に黙った歩をみて困ったように言葉を続けたアヤカに、歩はとりあえずその思いは棚上げにすることに決めた。



「こちらです」


 しばしの時間を置いて案内された廊下の先には、装飾のあしらわれた桐の木で出来た重厚な扉が存在感を主張していた。


 音もなく静かに開いた扉は段差を挟んで畳敷きの部屋へとつながっている。

 室内には左右の壁に並べられた燭台が最奥の祭壇まで続いており、時折蝋燭の炎がパチリと鳴らす他は音のない無い静謐という言葉がふさわしい空間だった。


「失礼します……」

「入るわよ」


 室内には歩たちの他に祭壇の前に佇む黒い装束を纏った年老いた神職が一人いるのみ。

 その長い眉毛は白く、(しゃく)を持ったシワに覆われた手では少し震えているように見えた。


「そちらに力を抜いてお立ちください」

「はい」


 月見里少佐の指示に従い、二人はそっと祭壇の前に歩み出る。


「それでは、早速始めさせていただきます……。■■▲▲■■◆▲……」


 神職の老人は軽く会釈をすると祭壇に向かい、間延びしたよく聞き取れない声色で何かを口ずさみ始める。

 測定のためなのだろうが、先程の水晶での測定とは随分と違う。


「ん……、これくらいかしら……」


 アヤカの様子を見るに、どうやら既に測定は始まっているらしい。

 変なことにならないように、歩は神に祈りながら目を閉じた。

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