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第六話 朝チュン

「っ!!」

「あ、起きた?」


 歩が目覚めると、見覚えのない天井が彼の視界に入る。

 そしてすぐ横には妹の彩香の顔が歩を見つめていた。


「ここは……、っ!」


 一瞬の混乱の後、昨夜の記憶を思い出した歩は慌てて体を起こす。

 カーテンの隙間から差し込んでいる日差しに照らされた時計を見れば、それほど時間は経っていないようだった。


「ちょっ、寒いってば!!」


 アヤカが腕をさすりながら非難の声を上げる。

 考えてみれば、歩はベッドで横になったまますぐに眠りについてしまっている。


「……布団、かけてくれてたのか?」

「暖房効いているとはいえ、布団かけないと風邪引いちゃうでしょ」


 そういいながらアヤカはベッドから降りていそいそと下着を着始める。


「一つ聞きたい」

「なに? 同じベッドに入ってたのは寒かったからよ?」

「それもあるけど。なんで全裸なんだ?」


 そう、歩たちは全裸で布団に入っていたのだ。

 服にシワが付くというのであれば、下着まで脱ぐ必要はなかったはず。


「細かいこと気にしないでよ」


 少し気まずそうに笑いながら舌を出した彼女の視線は、未だ布団で覆われている歩の下半身に集中していた。


 フヒヒと欲望にまみれた微かな笑い、そして少し朱に染めた頬に悪寒を覚える。


 寝る前まで着ていた服は誰が脱がしたのか?

 考えるまでもない。

 目の前の美少女(痴女)だ。


「まぁ約得ってやつ?」


 アヤカは何が悪いと言わんばかりに腰に手を当て胸をそらし鼻息を荒くした。


「とりあえず服を着ろ。それとあっち向いてろ」


 白い薄手のシャツの向こうが透けて見えてしまい、少しバツが悪いと歩は首をそむけ自分の着替えを探す。


 綺麗にたたまれた着物の上には官給品のシンプルな女性用下着。

 仕方がないとはいえ、それを着るのはいささか抵抗がある。


「はぁ……」


 だが早くしないとアヤカが余計なことをしかねないと、歩は諦めて足を通すのだった。


 そうしたゴタゴタのせいで、なにか夢を見ていたことはすっかり忘れてしまっていた。



「昼時まで後一時間位か」


 カーテンを開けると眩しい陽の光が室内を照らす。

 昨日の空襲など知らぬとばかりの明るい太陽は、南中へと近づいているところだった。


 強烈な空腹感を覚えた歩は少しでも空腹を誤魔化そうと水差しに手を伸ばす。


「ん?」


 傾けたコップの水は、想像と違いすっかりぬるくなっていた。

 よく見れば水差しについていた水滴はすっかり乾いているようだ。


「なぁ、この部屋そこまで暑くないよな?」

「二人でくっついて寝るには丁度いいくらいにね?」


 歩は腕に抱きついてくるアヤカを剥がしながら水を飲み干す。


 暖房が効いているとはいえやや寒いくらいだ。

 だと言うのに僅か二時間かそこらでここまでぬるくなるだろうか。


「丸一日経てばそんなもんでしょ?」

「え?」


 アヤカは何気ない様子で既に一日経っているといいながら時計へと指を差した。

 よく見れば時計盤の片隅には日付が表示されており、そこの文字は翌日を表記していた。


 どれだけ疲れていたのか、どうやら歩はまるまる1日以上爆睡していたらしい。


「でも流石よね」

「なにがだよ?」

「ほとんど霊力吸いきったのにたった一日で回復するなんてさ」


 怪訝そうに聞き返した歩に、アヤカは何でもない様子で答える。

 いわく、取調室での一件の際にギリギリ死なない程度の霊力を残して吸い取ったのだとか。


「やーね、そんな顔で見ないでよ。死んでないでしょ?」

「そういう問題か?」


 奇跡の対価としては安いのかもしれないが、どうにも釈然としない。

 とはいえ、そこを突いてもなにか解決するわけでもない。


「まぁいい。ともかく丸一日か。それだけ寝てればこの空腹感も当然だな」

「お腹へったなら声かければすぐに用意してくれると思うよ?」


 アヤカの言葉に首肯を返すと、黒電話の受話器へと手を伸ばした。


「うおっと!?」

「お休みのところ申し訳ありません。少々お時間よろしいでしょうか?」


 歩が受話器に触れようとした瞬間、黒電話が着信を知らせる音を響かせる。

 慌てて受話器を取った相手は、月見里少佐だった。



 迎えに来た兵士の案内で、柔らかなソファーに大理石のテーブルのある応接室に通される。

 天井には小ぶりなシャンデリアが煌めき、床にはフカフカの絨毯が敷かれていた。


 テーブルの上にはまるで宝石のような色とりどりの菓子が皿に盛られており、歩は忘れていた食欲を思い出してしまう。


「ああ、よろしければおつまみください」


 空腹を抑えながらソファーに座った歩の視線に気がついた月見里少佐が、微笑ましいものを見るように歩を眺め菓子を勧めてくる。


「い、いただきます」


 そんな少佐の様子に少し気恥ずかしかったものの、空腹には抗えずそっと菓子を歩は口へと運んだ。


 口の中に一粒の宝石を放り込むと、上品な甘さと香りが腔内を満たす。

 きっと舶来品なのだろう。

 このような菓子を歩は食べたことがなかった。


「いかがですか?」

「あ、ごめんなさい。すっごく美味しいです」


 夢中になって2つ目、3つ目と手を伸ばしていた歩の手元にお茶が差し出される。


「それはよかった」

「んー、なにか物足りないわね。あ、そだ」


 お茶一つとってもひと目で高級品とわかると感動する歩とは反対に、少し眉をひそめたアヤカが歩の袖を引っ張った。


「なんだよ?」

「あーんして?」

「は?」


 雛鳥のように口を開けて歩に催促するアヤカを見て、月見里少佐は苦笑いを浮かべる。

 当然だろう。

 彼女はまもなく中等科に進学するであろう年頃の乙女だというのに、まるで子供のような仕草なのだから。

 それも身内だけの場ならまだしも、ここには月見里少佐も居るというのに。


「ほら、あーん!」


 一応この場では『姉』ということになっているのだから、注意をしたほうがいいのだろうかと歩は一瞬迷う。


「――ぐぇっ! んぐっ、ごふっ。もうちょっと愛情込めてよ。ゲホッ」


 しかし苛立ちのせいか、いつの間にか左手は自然に動いており、無意識のうちに手に持っていた食べかけの栗まんじゅうをアヤカの小さな口に勢いよく押し込んでしまっていた。

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